光の美しさを知りたい


『私は貴方のことが嫌いよ!』

そう悲痛に叫ぶあの御方の声が主殿と突然重なって妙におかしな気分になる。
主殿が生きる時代はあの頃のように女性の立場が低い訳ではないし、まず主殿があのような言葉を誰かに言い放つことも考えられない。
だと言うのに、そう思えてしまうのは主殿とあの御方の顔が瓜二つだからだろうか。

「一期、そこにいますね?」
「はい、こちらに控えております」
「どうやら私宛に書状が届いているようなのですが、探して読み上げて戴いてもいいかしら?」
「お任せ下され」

そっと今日届いた書状の中から審神者殿へと書かれたものを手に取り読み上げる。内容はいつもと変わらず出陣の要請だった。
主殿は可哀想な人だと思う。生まれついての盲目で読み書きができないというのに、こうして審神者という激務をこなすことを強いられている。
こういうところもあの御方と似ているのかもしれない。望む望まないに関わらずそこにあることを強いられて、そこにしか居場所を持たない。

「いつも私の世話から部隊の指揮まで、何から何までさせて申し訳ないですね一期」
「とんでもございません。主殿のお陰で私たちはこうして戦いに身を投じながらも穏やかに過ごすことができるのですから」
「そう言ってもらえると救われる思いです」

いつも何か頼まれ事をこなすだけで主殿からお褒めの言葉を頂戴する。私は、何も特別なことはしていないというのに主殿は私を褒める。
移動する際に手引きをしたり、今のように書状を読み上げるだけでも当然のように。
私の方がいつも与えられるばかりだ。

「ねえ一期、おかしな話をしてもいいかしら?」
「なんなりとお話下され。私に遠慮などなされるな」
「ありがとう。……私は生まれてから1度もこの瞳に闇以外が映ったことはありません。貴方の顔どころか父母、果ては己の顔すら知りません」

ぽつりぽつりと主殿は閉じられたままの瞼にそっと触れながらお話になる。私ができるのはただ黙って聴くことのみだ。

「ですが、瞼の裏に焼きついて離れない顔があるのです。おかしいでしょう?誰の顔も見たことがないというのに、それは間違いなく誰かの顔なのです」
「それは主殿の知る方の顔なのですか?」
「それもわかりません。ただ、その人は困ったような悲しそうな顔ばかりなさるのです。そして儂は嫌いかとお尋ねになるんです」

『茶々、そんなに儂が嫌いか?』
『大嫌いよ!近寄らないで!お母上様を、お父上様を、万福丸を返してよ!』
『万福丸のことは、信長様の命だったのだ。許せとは言わないが、儂を受け入れてはくれぬか?』
『だって、貴方が見ているのは私ではないでしょう!お母上様の面影を私に見ているだけだというくらい分かっているのよ!』
『茶々……』

後に淀殿と呼ばれたあの御方と前の主との会話がふと思い出された。あの御方もよくお嘆きになっていらしたが主もよく寂しそうにされていたのを覚えている。記憶も全て焼け落ちたものだと思っていたが、存外思い出せばいくらでも出てくるのかもしれない。

「私は今まで盲目であることを嫌だと思ったことはありません。誰かを羨んだこともありません。しかし、最近はこの人が誰なのかを知りたくて仕方がないのです」
「主殿……」
「なぜ、私なのでしょうね。私の目が見えていれば、ううん、あの人の顔さえ思い浮かぶことがなければこんなに思い悩むことはなかったかもしれないのに……ああ、一期、私は今貴方がひどく妬ましく思えるのです。恨めしくて仕方ない」

はらりと一筋伝った涙が物語っていた。主殿の苦しみが垣間見えた瞬間だった。そして、もう1つわかったことがある。
きっと主殿の目が見えていれば私は近侍を務められていないだろうということ。

「主殿、興奮されてはお身体に障ります。後のことは私に任せて今日はゆっくりお休み下され」
「……取り乱してごめんなさい。それではお願いしますね」

そっと主殿の部屋を出て自らの右肩のマントに触れる。きっと主殿の瞳に映っているのは私の前の主である太閤殿だ。根拠はないがそう確信できた。
そして主殿はーー

「一期一振、それ以上詮索してはいけないぞ?」
「三日月殿……」
「主は主だ。俺たちの知る他の誰かではないさ」
「しかし」
「またお前はあの方の泣き叫ぶ声と恨み言を聞きたいか?俺は決しておすすめはしないぞ?」
「……そうですな。主殿のあのような姿は見たくはありませんな。すみません、忘れて下され」
「あいわかった」

誰よりもあの御方を側で見ていた三日月殿が止めるのだ、これ以上物思いに耽るのはやめておこう。
そうして私は弟たちや仲間の待つ方へと歩いていく。主殿の苦しみを胸の奥に仕舞いこみながら。

光の美しさを知りたい

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ありがとうございました!




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