別れを告げることも出来ず


「俺が近侍?本当かい!?」
「ああ、姫乃からの命令だ。初めての近侍だからと慣れている俺が補佐するようにと言っていた」
「そうか!やっと姫乃が俺を近侍にと選んでくれたんだな」

1日の終わり、俺たち伊達部屋を訪れたまん坊に知らされた主命はずっと俺が待ちわびていたものだった。

「よかったね鶴さん!明日の朝餉はお赤飯炊こうか!」
「光忠、気持ちはありがたいが俺だけの為にするのはもったいないだろう?」
「国永、何か拾い食いしたか?」
「……おいおい、どういう意味だいくり坊。俺がそんなことするはずないだろう?仮にも俺は天皇に献上された太刀だぜ?」
「お前がもったいないとか言うからだ。いつもなら素直に頷いただろう」
「いやぁ、せっかく姫乃が近侍にと言ってくれたんだ。いつも驚きをもたらすべく必要なものを経費で始末してくれてるからな、少しは節制しなければと思ったんだ」
「鶴さん……」
「姫乃が毎月給金をくれてるだろうに……」
「給金?俺はもらっていないが?」
「え!?」「は?」
「いつも必要なものは姫乃に頼んで買ってもらってるから必要ないといえばないんだがな!」
「(ねぇくりちゃん。これってもしかして鶴さんお金の管理できないと思われてるのかな)」
「(黙っておいてやれ光忠)」

なにやらこそこそと目配せをしながら話す2人が気にはなったものの、なにせ俺の機嫌は最高によかったから気にもならない。
ずっと待っていた、姫乃の近侍だ。考えるだけで口元がにやけるのがわかった。

翌朝、俺は意気揚々と姫乃を迎えに行く。
昼間、会いに行くのと同じようにスパーン!と勢いよく障子戸を開ける。

「わっ!驚いたか?」
「つ、つる……!」
「なんだ、いつも以上に反応が薄いな……あ、あああああ!わざとじゃあない!悪気はないんだ!」
「いいからそこ早く閉めて!」
「あ、ああ!」

いやぁ、これは驚いた驚いた。
決してわざとじゃない。断じてだ。だが、姫乃の着替えを見てしまった。以前、抱き合った時も細い細いとは思っていたがやはり細かった。でも出るところはきちんと出ていたな……姫乃は着痩せするようだ。あの膨らみに触れたらさぞかし柔らかいだろうな……いや、尻もいいだろうな。
なんて考えているときっちりと着替えた姫乃が現れた。顔が赤く染まっていて、俺への怒りからか目元には少し涙が浮かんでいる。たまらなく可愛いことこの上ない。

「悪かった、わざとじゃないんだ」
「鶴、朝は特にこういうことがあるから必ず外から声をかけて。次あったら刀解するからね!」
「ああ、心得た」
「まったく、恥ずかしいったらないよ。見たこと忘れてよね」
「それはできない相談だなぁ」
「もう!ばか鶴!」

背中を思いきり叩かれる。これはひょっとしたら赤くなっているかもしれない。だが、姫乃が付けた跡だと思えば愛おしく思えるだろう。
いつものように庭先に向かうと既に全員揃っていて姫乃はその輪の中へ進んでいく。先程まで可愛らしいただの女だったのに、一瞬で主の顔になる。ほんの少し寂しいと感じてしまった。
朝餉のあと、無事に隊長としての初陣を終えた。まん坊の補佐あって何事もなく戻ってくることができた。

「君がいてくれて助かった。心強かったぜ」
「……それならよかった。姫乃に報告を頼む」
「ああ、任せておいてくれ」

今朝の一件があって、姫乃の部屋の前で立ち止まって声をかけることにした。
そっと障子戸に近づくと誰?という声が聞こえた。

「俺だ。報告にきたぜ」
「ああ、鶴ね。入って」

部屋の中には姫乃が1人いた。誰かと手合わせをするようで、朝と同じ袴姿だった。
いつも話に来ると決まって文机に向かって書類を読んでいるのに今日はこちらを向いてまっすぐ俺を見ているものだから調子が狂う。
そっと座ると姫乃は恭しく頭を下げた。

「本日もご出陣お疲れ様でございました」
「あ、ああ」
「皆、変わりはありませんか?」
「大丈夫だ。擦り傷1つないぜ」
「それはようございました。では報告よろしくお願い致します」
「ああ。今日はーー」

一通りあったことを話す間、ずっと姫乃はこちらをまっすぐ見ていて熱心に聞いていた。俺が話し終えるその時までずっと一言一句逃すまいと言わんばかりに。

「という次第だ」
「ご報告ありがとうございました。昼からもご出陣がありますからそれまでごゆるりとお過ごしくださいませ」
「わかった。というか姫乃、その他人行儀な話し方は何なんだ?」
「あら、鶴は嫌?」
「俺はそうやって普通に話す君の方が好ましいぜ」
「そう……みんな私が畏まるとやめてって言うのよね。私のことなんだと思ってるんだ」
「主に違いないが、きっと気さくな君がみんな好きなんだろう」

自分でみんなと言っておきながら胸がつきんと痛んだ。誰よりも俺が1番姫乃を想っているのに、と考えてしまう。いやいや、それはさすがに傲慢か。

「ねえ鶴。もし私が主でなければ誰も傍にはいてくれないのかな」
「どうしてそう思うんだ?」
「私が審神者でなければみんなと出会うこともできなかった、それはわかってるの。でも、主でなくなったら興味もなくなるのかなって最近考えてしまうの」
「少なくとも俺は姫乃が主でなくなったとしても傍にいたいと思うぜ。主だから傍にいるんじゃなくて、俺は姫乃だから傍にいたいんだ」
「……ありがとう、鶴。少しほっとした」

そっと寂しげに微笑んだ姫乃が印象的だった。
言葉と表情が一致していなかったからなのか、最後に見た笑顔だったからかはわからないが。


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「まんばもお疲れ様。さっき鶴が報告に来てくれたよ。鶴はどんな感じだった?」
「特に問題はないと思う。隊長としては初陣ということもあって慎重に進めていたせいかもしれないがな」
「そっか。まぁ、お昼からも引き続きお目付け役よろしくね」
「……ああ、わかった」
「それと、ゆっくり行ってきなさい。鶴にもそう伝えて」

鶴が部屋を後にしてすぐにまんばが追加の報告にやってきた。私が心配していたようなことはなく、鶴はしっかりと隊長をこなせているようだった。
一安心、というのが正直なところだけど、これで1番隊のみんなは隊長として充分務められることがわかったしもう何も心配事はない。
欲を言うならば、2番隊以降の子たちにも経験を積ませてあげたかった。まぁ、願っても仕方ないことだけど。

「これでいいのよね。私は運命から逃げるつもりはないし、もう充分幸せな時間をもらったもの」

1人呟いて、審神者となってから毎日綴っている日記を取り出す。パラパラとめくりながら私の辿ってきた日々をなぞる。ああ、懐かしいな。まんばと一緒にきて、薬研がきて、いまつるちゃんがきて、どんどん賑やかになっていった毎日。

「あー……やっぱり死にたくないなぁ」

自然と目元に涙が浮かんだ。私の大切な子たちを残していくことをここ数ヶ月、何度も何度も覚悟したはずなのに浅ましいな私は。
これでよかった、なんて口が裂けても言えない。でも、私なりに精一杯頑張った。
でも、父さんやじいちゃんには本当に悪いことをした。跡取り娘が死んだなんて知ったら2人とも政府に殴り込みに行くかもしれない。
そんなことを考えるとふふっと少し笑ってしまった。そうだ、私はみんなが心配しなくていいように最期まで笑っていよう。全て伝えられる自信はないから、この日記に託しておこう。

愛するみんなへーー


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午後の出陣は順調とはいかなかった。
午前中のあのすんなり行けたのはなんだったのか、驚くほど敵の数が多い。

「くっ……あ」
「どうしたまん坊?っておいおい……君が刀装を壊すなんて俺は初めて見たぜ」
「僕も初めてだよ。ね、くりちゃん和泉守くん江雪さん」
「そうだな、なんだか不吉な予感がするぜ……」
「不穏です」
「ふん……馴れ合うつもりはない。が、怪我はないかまんば?」
「ああ、平気だ」
「じゃあこれを突破したら一旦体勢を整えよう。いくぜ!」

敵の返り血を浴びてどんどん俺は鶴らしく染まっていく。俺だけじゃない、みんな敵を撃破していくにつれ赤黒く染まっていく。でもこれが俺たちにできることだ。
最後の一体を斬り捨てて刀を収めるとようやく一息つく。

「被害状況は?」
「さっき俺の刀装が壊れた以外は目立った被害はない」
「そうか。それじゃもう少し進軍した方が姫乃の仕事を減らせるし行くか」
「待ってくれ鶴丸。1度、姫乃に相談した方がいい。自分で壊しておいて言うのも何だが、胸騒ぎがする」
「そうか……そうだな、姫乃は心配性だからその方がいいな」

そっと袂から姫乃に渡されていた手鏡を取り出す。俺が実際に使うのは初めてだが、これを使えば本丸にいる姫乃と連絡が取れるという優れ物らしい。

「おーい、姫乃聞こえるか?」

手鏡に向かって声をかけてみる。だが、少し待ってみても姫乃の声は聞こえない。
俺が首を傾げていると他の奴らも姫乃を呼ぶが反応がなかった。

「おかしいですね……以前私が使った時は姫乃さんがすぐに応答してくれたのですが」
「ああ、だな。寝てるだけならいいが、姫乃がそんな無責任なことするはずがねぇ」
「和泉守くんの言う通りだと僕も思うよ。姫乃ちゃんの身に何かあったんじゃ……」
「だが光忠、姫乃がいるのは本丸だ。何か起こりうるはずがない」
「俺だってそう思うぜ。姫乃に害が及ぶはずはないんだ。だが、妙に嫌な予感がする。まん坊、どうする?」
「隊長はあんただ、俺が決めることじゃない。ただ、進言するとしたら、姫乃が心配だ、様子を見に戻った方がいい」
「ああ、そうだな。撤退するぜ」

俺が撤退を伝えると全員が無言で頷いた。そして誰が言うでもなく、自然と駆け足になる。
みんな口には出さずとも姫乃を心配しているのが伝わってくる。だったら俺が言えるはずがない。
言い知れぬ不安に駆られながら本丸へと戻るゲートを目指した。


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時は少し遡り、本丸にて。
第1番隊が午後の出陣に出発してしばらくした頃、庭先で遊んでいた短刀の悲鳴があがった。

「おいでなすったわね」

ぽつりと呟くと姫乃は懐に日記を入れ、太刀を携え部屋を飛び出した。そのまままっすぐに庭先へと向かい抜きがけの一閃で敵を斬ると自身の背中に悲鳴の主ーー五虎退を匿った。

「ごこちゃん大丈夫?怪我はない?」
「は、はい……僕は大丈夫です」
「そう、それなら他の短刀くんたちも集めて貴方たちの粟田口部屋に向かいなさい。さぁ、早く!」
「は、はいぃ!」

五虎退が駆けて行ったのを感じながら姫乃はまっすぐ敵を見据える。検非違使と呼ばれる存在だった。標的は、姫乃。
そして先程の悲鳴を聴いた刀剣男士たちが続々と集まってくる。

「なんで検非違使がこんなところに!?姫乃ちゃん大丈夫?」
「ええ。私はなんともないわ。次郎ちゃん少し代わってもらえるかしら、みんなに指示を出すわ」
「まっかせなさーい!」

姫乃がくるりと振り返ると全員が抜刀状態で待機していた。そこには練度が低いものも当然いて、表には出さずとも緊張しているのが伝わってくる。

「みんな1度しか言わないからよく聞いて。まず岩融以下第4番隊は速やかにそこにいる短刀くんと練度が低い者を連れて粟田口部屋へ!一期、貴方も一緒にお願い」
「拝命致しました。姫乃様もどうかご無事で」
「ああ、任されたぞ!なんとしても姫乃の宝は守ってみせようぞ!」
「太郎さんほたちゃん石切丸さんは次郎ちゃんと一緒にここをお願いします。ずおくんばみくんは私と一緒に来て。残りのみんなは大太刀の4人が狩りきれなかった検非違使を後ろで討ち取って頂戴!」
「おう!」

手短ではあったが、たしかに姫乃の指示は全員に行き渡ったようで陣形を整えて迎撃の体勢に入った。
姫乃は鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎に申し訳なさそうに笑って見せる。

「2人には危ないことをさせてしまって申し訳ないのだけど、私と共に来てくれるかしら」
「ああ」
「もちろんです!」

2人は厳しい表情をしながらも快諾する。それを見た姫乃はまっすぐに目標を見据える。

「検非違使が現れたのはあのゲートからよ。私はあれを閉じに向かうからその間背中を任せたいの」
「わかった」
「わかりました!姫乃さんの背中は俺たちに任せてください!」

大太刀たちが対峙している検非違使の視界から外れるように迂回してゲートへ急ぐ。うまく検非違使の背後に回り込むことに成功した姫乃はゲートへと手をかざして何事かを唱え始める。それに呼応するようにして徐々に小さくなっていくゲート。
姫乃たちがほっと一息つこうとした瞬間だった。もうすぐ消えようとしていたゲートから1人の検非違使が現れ姫乃にその槍を突き刺そうとする。すんでのところで鯰尾と骨喰によって阻まれたがキィィィィンという大きな音が鳴り響いた。
それまでずっと大太刀の挙動にのみ注目していた先鋒の検非違使たちが姫乃たちを振り返り見るやいなや猛然と駆け出した。

「いけない……!ずおくんばみくん逃げて!」
「姫乃を置いて逃げるわけにはいかない」
「兄弟の言う通りです!姫乃さんがゲートを閉じたら一緒に逃げましょう!」
「だめよ!あいつらの狙いは私なの!貴方たちが傷つく必要はないの!」
「温かい記憶をくれた姫乃を置いて逃げるくらいならここで破壊された方がましだ」
「俺も!姫乃さんと最期まで共にいられるなら本望です」

姫乃の表情が悲痛に歪んだ。そんなことを知らない脇差2人は敵の槍を退けると姫乃の手を取って駆け出した。ゲートは跡形もなく消えていた。
姫乃の部屋の近くへ差し掛かったとき、姫乃は2人の手を離した。

「政府に緊急事態要請を出してくるわ。2人は先に行って大太刀のみんなを手助けしてあげて」
「でも」
「私なら大丈夫!さっき貴方たちが守ってくれたおかげでまだピンピンしてるもの。さぁ、早く」
「……わかりました。くれぐれも気をつけて!何かあったら呼んでください!」

脇差2人の背中を見送り姫乃はそっと自室に入った。緊急事態要請なんて真っ赤な嘘だった。政府は今の惨状をモニターで確認しているだろう。必要と判断されて応援が向かおうとしているかもしれない頃合だ。だが、姫乃はそれを拒絶したのだ。
そっと部屋を見渡して今一度やり残したこと、忘れ物はないか確認して姫乃はほっと息をつく。

「私はここで死ぬべき人間です。助けるのは彼らだけで充分です。私の残りの命はみんなを守る為に使います」

以前、こんのすけに伝えた言葉を1人繰り返した姫乃はそっと愛刀を抜いた。障子の向こうに浮かぶ敵の影を障子ごと斬り捨てて再び戦場へと駆け出した。


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「なん、なんだこれは……驚きが過ぎるぜ」

慌てて戻った本丸はまるで別世界のようだった。あらゆる赤で彩られた本丸は異様な雰囲気を呈していた。
真っ赤な夕日が照らす縁側にはいつもなら短刀や非番の太刀なんかがいるのに、今日は血を流し倒れる検非違使と同じく返り血かはたまた自身の血にまみれて座り込む仲間の姿があった。
庭先にはまわりを検非違使の亡骸に囲まれた大太刀4人が本体を支えになんとか立っている状態だった。
少しの間呆然と立ち尽くした。が、なぜこんなことになったのかを考えた時絶望した。

「俺が、ゲートが閉じたことの確認を怠ったからか……?」

俺がぽつりと零した言葉にようやくまん坊たちも正気を取り戻したようではっとする気配を感じた。

「鶴丸、今はそんなことを話している場合じゃない!姫乃を見つけるのが先決だ!」

言うが早いか、まん坊は一目散に駆け出した。御殿をぐるりと迂回してまっすぐ姫乃の部屋がある方へ。一瞬遅れて俺たちも後を追う。
だが、たどり着いた姫乃の部屋には検非違使の無惨な姿があるだけで今心の奥底から見たい笑顔はなかった。出陣する前に会話を交わしたのが遠い昔だったように錯覚するほど姫乃の部屋は着物や書類が散乱し変わり果てていた。

「くそ!姫乃!どこにいる!」

まん坊が声を荒げ、普段は絶対に取りたがらない頭巾が取れるのも気にせず再び駆け出していく。俺にできるのはただその後をついて行くことだけだった。情けないことこの上ない。
でもまん坊が見る場所は非常に的を射ていた。鍛刀部屋、手入れ部屋、道場、大広間、台所……日頃姫乃がよく出入りしていた場所を見ていった。だが、どこにも姿はない。

「どこにもいないなんて、一体姫乃ちゃんはどこに……」
「これだけ探していないなら、あとはもうあそこしかないだろう!」
「おい、まん坊!」

その時のまん坊は光忠の言葉に苛立っているようにも見えた。
刀の柄に手をかけていつでも抜刀できるように構えて飛び出したまん坊が向かった先は、俺たち刀剣男士の部屋がある場所の中でも最奥ーー粟田口派を中心に与えられた大部屋だった。
近づくにつれて刀の交わる音が響いてきた。姫乃が戦っている。そう直感した。
先頭を走るまん坊が部屋に飛び込む寸前、剣戟が止んだ。それでも速度を緩めることなくまん坊は姫乃の名を叫びながら飛び込んだ。
一瞬遅れてたどり着いた俺たちが見たのはまん坊に支えられ、なおかつ先程まで振るっていたであろう太刀を畳に突き刺し息荒く立っている姫乃だった。

「おかえり、まんば、鶴、光忠、大倶利伽羅、和泉守、江雪さん……怪我は、ない?」
「あ、ああ。俺たちはまん坊の刀装が1つ壊れただけでなんともないぜ」
「それはよかった。みんなも怪我はない……?」
「は、はい!それよりも主君が……!」
「へーき、だから本丸のあちらこちらにいるみんなを手入れ部屋に連れて行ってあげて……光忠と大倶利伽羅と和泉守と江雪さんもお願い」

姫乃の命に従って全員が部屋を出て行って、残されたのはまん坊と俺の2人だけだった。全員が遠く離れていったのを確認して姫乃は膝をついた。立ち尽くしていた俺も無意識のうちに姫乃に駆け寄り支えた。
近づいてようやく分かったことがある。姫乃の血はほとんど返り血ではない。止まることなくひたすら溢れ出てくるそれはどう見ても到底なんとかなる量などではない。むしろ今までよく戦っていられたものだと感心してしまうほどだ。
そうこうしている間にも姫乃の身体から力が徐々に抜けていき、俺たちに身を任せるように崩れていく。

「ごめんね、2人には、遺言を託そうと思うの……」
「……そういう冗談はさすがに戴けないぜ」
「つる、ごめんね」
「……黙っていろ」

軽口を叩いていい状況ではないことはわかった。でも、それを理解したら姫乃がいなくなることを肯定するような気がして怖かった。
だがまん坊は大切な姫乃の言葉を優先する。強い、敵わないと思えた。

「みんなの手入れが終わったら、きっとこんのすけが迎えに来るから、現代に渡って、新しい審神者の元へいって……私が、信頼できる子に、お願いしてあるから」
「……わかった」
「それから、私の代わりにこの、日記と、刀を……銘は白鳩、私のかたなよ……おねが、つる、まんば……」
「……ああ、任せておけ」

俺が日記を受け取ると姫乃は薄く微笑んだ気がした。きっと気のせいだと思う。でも、たしかに俺には見えた気がした。
そっと目を閉じた姫乃の頬に3筋の涙が伝った。




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