愛された夢 ※新選組がちょろっと出てきます。 夢を見た。夢というか、回想というか。それは僕が刀として前の主に従っていたときのものだ。 僕の前の主、沖田総司は新選組一の剣の腕前だった。あの若さで一番隊隊長を仰せつかったのだから、それは僕と清光の誇りでもあった。 僕も清光も、はっきり言って扱いにくい刀だと思う。使いこなせるような人にはあまり会ったことがない。だからこそ、僕たちにとって沖田は大事な主だったんだ。やっと見つかった主とあんなに早く別れが来るなんて思いもしなかった。 これはそんな主との大切な記憶。 愛された夢 「安定も清光も、今日も頑張ってくれたね。ありがとう」 ニコニコニコニコ。沖田は戦っているときからは想像できない柔和な笑みで僕たちの手入れをしてくれる。それは僕たちにとって至福の時間でもあった。 決してどちらを贔屓にするわけでもなく、同じように沖田は僕たちを手入れしてくれた。 扱いにくい刀だとすぐに捨てられてきた僕たちにとって居心地の良い主は沖田以外には考えられ無かった。こんな僕たちを安くていい刀が手に入ったと喜んでくれた大事な主。この世に生まれてこれて本当によかったと思った。 「総司は物好きだな。こんな扱いにくい刀よりももっと斬れ味も抜群で良い刀があるだろうに」 「そんなことないですよ、近藤さん。安定も清光も良い刀です。僕の大事な相棒ですよ」 沖田はいつだってニコニコ僕たちを褒めてくれた。 相棒だなんて言ってもらえて、なんとしてもこの主を守りたいと思った。たとえ、この身が折れようとも主を守ろうと強く誓った。 でもその願いにも近い決意は違った形で破られることとなった。 「げほっ、げほっ……」 池田屋の一件以来、沖田は時々激しく咳き込むようになった。僕は心配でたまらなかった。せっかく出会えた最高の主がいなくなってしまうような気がしたんだ。 当時の僕には主を心配して声をかけることも、咳き込む主の背中をさすってさしあげることもできなくて。ただただ、密かに心配するほかなかった。 「大丈夫か総司?無理はするなよ」 「大丈夫ですよ土方さん。僕なら平気です」 沖田は周りに心配をかけまいと懸命にあの奇妙な咳を隠していた。 でも、僕だけは知っていたんだ。主が激しく咳き込む度に喀血するようになっていたのを。 主は頑張っていた。でもその身体は日に日に少しずつ弱っていったのが僕にはわかった。 「残念ですが……労咳ですな」 ついに沖田が新選組のみんなの前で喀血したとき、医者が呼ばれそう主に告げられた。 労咳。刀の僕がはっきり知っていた訳ではないけど、それは不治の病だと聞いたことがあった。 主が不治の病に伏せる?僕の大事な主が? とても、信じられなかった。 でも、主はうすうす感づいていたようで穏やかな寂しい笑みで受け入れていた。 「ごめんな、安定。僕はもうお前を使ってやれそうにない」 それから幾月経っただろうか。沖田は寂しげに僕を撫でながらそう呟いた。 すっかりやせ細ってしまった主の弱々しいその声は今でも片時も忘れたことはない。 きっと僕が刀じゃなかったら泣いていたかもしれない。そう思うこともあるけれど、主が泣いていないのに僕が泣くわけにはいかない。 僕はずっと主の側で主を見ていた。体調の優れた日には以前と同じように僕の手入れをしてくれた。そうでない日は見ている僕も苦しくなるほどに咳き込んで、1日中起き上がれない日もあった。 ただただ、主が1日でも長くいきていてくれることを望むようになっていた。 「近藤さん、土方さん……僕も、連れて行って下さい……げほげほげほっ」 「それはだめだ総司。お前はまだ休んでいろ。必ず勝って帰る」 「近藤さんには俺がついている。心配はいらない」 時代は慌ただしく変わっていって、新選組は賊軍となってしまった。 沖田はきっと近藤さんに最後までついて行きたかったんだろうと思う。その時ばかりは僕を握る手にあの頃を思い出させる力強さがあった。 しかし当然ながら主の願いが叶うことはなかった。 その後主はその短い人生を匿い先の家で終えることになったのだった。 最後まで僕を側に置いてくれたことが本当に嬉しかった。 「…さだ…や…だ…すさ…やすさだ、安定!」 「沖田……僕はずっと一緒にいるよ……?あれ……姫乃様……?」 「安定!よかったぁ、すごくうなされてたから心配したよ」 「姫乃様……夢を見ていました」 目を覚ますとそこは先ほどまでの光景とは違っていて、僕は夢を見ていたんだと気づく。 沖田よりもずっと華奢で可愛らしい少女がとても心配そうな顔で僕を見ていた。そうだ、僕は今この人の近侍なんだ。この人が今の僕の主なんだ。 むくりと身体を起こすと背中がじんわりと汗ばんでいるのに気づく。だが主はそんなこと露知らず僕に抱きついてくる。 「姫乃様……!今僕は汗臭いですよ」 「そんなのどうだっていいよ!ねぇ安定、私はずっと側にいるよ。安定はひとりじゃないよ。清光も兼定も、堀川くんだっているもの」 「姫乃様……」 「だから泣かないで。それから、決して歴史を変えようなんて思わないでね。審神者として、それだけはいくら安定でも譲れないよ」 僕の胸元から離れ、きっと僕の目を見据える力強い瞳に僕は安堵する。 沖田とは違う強さ、でも僕や他の刀剣男士を思う優しさを併せ持つ彼女。とても居心地が良い。 「もちろんわかっていますよ姫乃様」 僕は主にようやく恵まれるようになったらしい。 きっと彼女じゃなかったら僕は歴史改変を望んでしまったかもしれない。僕にとって彼女はそれくらい大切な存在なんだ。 「姫乃様、ありがとう」 この命が尽きるその日まで、僕はこの主を守り抜こうと誓った。 沖田にはあの世へ行った時にありがとうと伝えられたらいいと思った。 沖田愛が溢れてやってしまった。 安定近侍記念のはずが大惨事。 Title by秋桜 ← |