引き離されたとしても


先日、鶴丸国永を顕現させてから姫乃は床に臥せっていた。
審神者としての日々を重ねるごとに姫乃が体調不良を訴えて自室から出てこないことが増えている気がしたが、本人に問い詰めてものらりくらりとかわされるものだから気のせいだと自分に言い聞かせることにした。
今日も近侍として姫乃の部屋へと赴く。姫乃と共にこの本丸へ来てからもう二月は経とうとしていて今ではもう習慣となっている。

「姫乃、調子はどうだ?」

障子戸越しに声をかけると中で動いている気配を感じる。

「もう平気。心配をかけて悪かったね。今着替えてるからもう少し待ってね」

それから数分経って姫乃は袴を履いて出てきた。思わずため息が出た。

「おはようまんば。ってなんなの、そのため息は」
「おはよう姫乃。今日くらい手合わせを休んでもいいんじゃないか?病み上がりなんだろ」
「嫌よ!私の楽しみ取らないでよー!」
「……それだけ騒げるなら大丈夫か」
「うんうん!さっ、庭へ行こ!」

俺の手をぐいぐい引っ張って歩いていく姫乃を見ていると昨日まで臥せっていたのが嘘のようで、空元気なんじゃないかとか無理をしているんじゃないかといつも心配になる。
でもそういうとき決まって姫乃は後ろを振り返って笑うんだ。

「私なら大丈夫よまんば。心配してくれてありがとう」

繋いだ手から俺の不安が伝わるのだろうかとも思ったがそうでもないらしい。姫乃曰く女の勘というやつらしい。
姫乃が大丈夫だ、平気だと言うのなら俺にできることは近侍として姫乃を支えることだけだ。それが写しの俺を選んでくれた姫乃にできる唯一の恩返しだ。

「おはようみんな。もう全員揃ってる?」

庭先に出るために姫乃は草履を、俺は内番用の靴を履いてみんなの待つ場所へと近づいていく。繋いでいた手はそっと離されて、嬉しそうに抱きついてきた短刀たちを抱きとめていた。

「姫乃ちゃんおはよう!僕心配したんだよー?」
「姫乃様、虎くんとお見舞いに行こうと思ったんですけど薬研兄さんに止められて」
「主君、おはようございます。あと来ていないのは鶴丸殿と大倶利伽羅殿と燭台切殿だけですよ。お元気そうで安心しました」
「大将、もう本当に平気なのか?無理はするなよ」
「姫乃さまー!おげんきになられたようでぼくあんしんしました!」
「姫乃……これ快気祝いの花、あげる」
「姫乃!元気になってよかったな!」
「主君、お見舞いに行けなくてごめんなさい。でもとても心配してました」
「ありがとうみんな!みんなの笑顔見てたら私もっと元気が出てきたよ!大好きよ!」

キラキラと眩しいほどの笑顔が短刀たちにも姫乃にも溢れていて、微笑ましい光景以外の何ものでもなかった。
姫乃のすごいところはどちらかと言えばおとなしい小夜左文字や五虎退、秋田藤四郎に前田藤四郎薬研藤四郎まで乱藤四郎や今剣、愛染国俊のように無邪気にさせるところだと思う。
全員の頭をありがとうと撫でて、小夜左文字の差し出した花を嬉しそうに受け取って、また笑って。ああしている姫乃を見るのが俺は好きだった。
それは俺だけじゃないようで普段は無表情だったり難しい顔をしている奴らさえ微笑んでいた。

「まったく鶴丸さんもくりちゃんも僕が何度起こしたと思ってるの!?そんな寝癖だらけの髪じゃかっこよく決まらないじゃないか!」
「悪い悪い光忠、そう怒ってはいい男が台無しだぜ?」
「うるさい光忠、頭に響く」
「まったくもう2人とも少しは反省してよね!」

ドタバタと廊下を走りながらそう話す声が聴こえて程なく伊達の3人が姿を現す。
先程までの笑顔から一転、般若のような顔をした姫乃が振り返ると3人の顔が引きつった。

「おはよう、伊達の御三方。主より遅い集合とはどういう了見かしら?」
「ご、ごめんね姫乃ちゃん!僕は朝餉の支度をしてから1度はここに来たんだけど、まだ鶴丸さんとくりちゃんの姿が見えなかったから起こしに戻ったんだ」
「汚いぞ光忠」
「そうだそうだ!君も遅刻には変わりないだろう?」
「歌仙、薬研。光忠の言っていることは本当よね?」
「ああ、間違いないよ」
「俺も保証するぜ大将」
「なら光忠は許しましょう。さて、大倶利伽羅に鶴丸。釈明はあるかしら?」

よかった、なんて漏らしながら燭台切光忠が俺の隣に歩いてきたので1つ頷くと伊達男は嬉しそうに笑った。
同じ1番隊に所属するものとして交流するのは必要なことだと姫乃に言われて極力心掛けている。ちなみにこれからこってり絞られようとしているあの2人も同じく1番隊だけど、助け舟を出そうものなら姫乃の矛先がこちらに向きかねないので幸運を願うしかない。

「驚かせようと思っていたんだが、こうなっては俺はともかくくり坊に申し訳ないからな……姫乃、君の快癒を願ってくり坊と夜なべして千羽鶴を作っていたんだ」
「千羽鶴?私のために?」
「……ああ。馴れ合うつもりはないが俺だって姫乃が心配じゃない訳じゃない」
「さすがに三日三晩寝ずに作ると爺でも寝坊してしまったがな。悪かった」
「2人とも、今日まで寝ずに作ってくれたの?」
「ああ。光忠も手伝ってくれた」
「予定では床に臥せっている君のところへ持って行って驚かせようと思っていたんだが、君が元気になったようでよかった」
「光忠、こちらへ」
「え、なに姫乃ちゃん」

ほっとしていたらしい燭台切光忠に再び緊張が走った。他の誰も気づいていないようだが、俺だけはわかった。姫乃がどういう意図で再び燭台切光忠を呼んだか。

「わっ!?」
「……これは驚いたな」
「……ふん」
「ありがとう3人とも!こんなに優しい子たちになってくれて審神者としてとても嬉しいわ。本当にありがとう!」

燭台切光忠が2人に並んだ瞬間、姫乃は3人まとめて抱き締めた。本当に嬉しくて仕方ないんだと思った。
少し照れている3人に刺すような視線が集まる。先程の短刀たちの時とは大違いだ。明らかに殺気が含まれている。

「姫乃様、毎朝恒例のラジオ体操の時間です」
「あら、もうそんな時間なのね。それじゃあ始めようか」

へし切長谷部に促されあっさりと伊達の3人から離れるとほら整列整列、と言いながらみんなを並べる。そっと伊達の3人に近づいたへし切長谷部が貴様ら次同じようなことがあれば圧し切ると呟いたのが聞こえたがどちらのことを指しているのか分からず特に口を挟むことはしなかった。
ラジオ体操を終えて、各自部屋に戻って内番服からいつもの服に着替えて大広間へ向かう。姫乃はと言えば先程と変わらぬ姿でどうやらこの数日の間に溜まっていたらしい文書を持ち込んで熱心に目を通していた。政府からの通達らしいそれは俺たちの活動指針となるもので基本的にはこれに従って出陣したり遠征に出たりする。

「まんば、朝餉のあと私の部屋まで来て」
「わかった」

姫乃の隣に腰を降ろすとこちらに視線もくれずそう言った。そろりと姫乃の持つ書類に目を向けてみるも何が書かれているのか分からなかった。だが姫乃の声音から推測するにあまりよくないことだろうと察しはついた。
食事当番の燭台切光忠と歌仙兼定、そして薬研藤四郎を筆頭に短刀たちが朝餉を運んでくるその瞬間まで姫乃はずっと同じ書類を見ていた。

「どうやら、みんなが出陣してくれている甲斐もなく歴史修正主義者の活動がさらに活発化しているようなの」

朝餉後、言われた通り姫乃の部屋へと出向くと厳しい表情の姫乃がそう告げた。ああ、やはり悪い報せだったらしい。

「私としてはあまりみんなを危険な目に合わせたくないし、無理のないように出陣してほしいと思っているの。だけど、それじゃどうも手が回らないようでね……とうとううちにも出陣回数を増やすよう通達がきた」
「それで、俺はどうすればいい?」
「まんばたち1番隊には今まで通り敵との戦いが激化している時代をお願いするわ。ただ、1日に数回出陣してもらうことになると思う」
「2番隊と3番隊は?」
「正直言ってまだ練度も低いから遠征を中心に少しずつ落ち着いてきている地域をお願いしようと思ってる。もちろんこのことは私からみんなに伝えておくけれど、このままではまんばの負担が大きくなりすぎるから近侍は交代制にしようと思う」
「俺なら平気だ、お前が心配することはない」
「だめよ。これは主命です。山姥切国広、逆らうのですか?」
「……俺以外が、近侍の方がいいと言うんだろう?俺が写しだからーー」
「おばかっ!まったくもう!私はまんばが心配なだけよ?もしこれまで通りの出陣が許されるようになればまた貴方にずっと近侍をお願いするわ。だって貴方は、」

私にとって唯一無二の相棒なんだから!
姫乃の笑顔とこの言葉がずっと俺の胸を暖かくする。それは今も変わらずずっと続いている。
だからこそ俺は姫乃のことを無条件に信頼しているし、何があっても守ると決めている。

たとえどれだけ離れようと、ずっと会えなくとも俺の答えは変わらないのだ。




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