どうして、って、ただ愛して欲しかっただけなのです


私が審神者となって早半年は過ぎただろうか。本丸も来たときとは比べ物にならないほど賑やかになり、毎日が楽しく充実している。
ある意味では世界の命運を握っている重要な役職の私がこんなにも日々を楽しんでいることに違和感を覚えるけれど、それも有限であると考えれば少しは赦されるような気がした。

「……主様、これあげる」
「まぁ。ありがとう小夜」
「よかったですね小夜、主様が喜んでくれて」
「……うん」
「宗三、小夜。主の邪魔をしてはいけません。ほら、行きますよ」

今日は遠征も出陣もお休みして、みんなにのんびり過ごしてもらっている。単に私の報告書が溜まっているからではない。みんなにたまには休んでもらいたいと思ったのだ。
そんな私を知ってか知らでか、度々誰かが訪れるので決して順調とは言えない仕事中も結局私は楽しませてもらっている。
今小夜たちが持ってきてくれた柿を食べながら先日届けられた資料に目を通す。そこには他の審神者がレア太刀を鍛刀しただとか、検非違使戦後に鍛刀ではお目にかかれない刀を手に入れただとかが書かれていて。はっきり言うとただの自慢ばかりが載っている訳で。

「むかつくわね」
「姫乃ちゃんお行儀が悪いよ」
「あ、光忠。見てたの?」
「仕事は……はかどってなさそうだね。少し休憩した方がいいと思ってお茶と羊羹を持ってきたけど、いらないかな?」
「ありがたくいただきます。ありがとう光忠」
「どういたしまして。それじゃ、お仕事頑張って!」

光忠が持ってきてくれたお茶は飲み頃に冷まされていて、こういう心配りが彼のいいところだと思う。
さっきの左文字三兄弟も少し誤解されがちだけど、根はとてもいい人なのだ。特に江雪さんと宗三は小夜には激甘な優しいお兄さんだ。
私の本丸はなんて温かいんだろう。粟田口の短刀ちゃんたちが持ってきてくれた花を愛でながらそう思った。
それはさておき。仕事が終わらない。溜めた私が悪いのだけども、まさかこんなにあるとは驚いた。私、こんなに溜めてたっけ。

「姫乃、仕事は終わったか?」
「全然。鶴丸、今は相手する暇ないから驚かせなくていいからね」
「なーに、それなら心配いらない」
「え……まさかもう何か仕込んだの!?」
「ああ!そっちの紙の束は俺がこぴー機とやらで増やしておいた分だ!どうだ、驚いたか?」
「いやー驚いた!って言う訳ないでしょうが!まったく、私こんなに仕事してなかったのかと思ったじゃない」
「仕事にも驚きは必要だと思ってな。しかし悪かったな。お詫びと言っちゃなんだが、山姥切を連れてきてやったぞ」
「本当!?」
「ああ!ほら、入ってこいよ」
「鶴丸、俺にそんな価値があるとでも?」
「まんばぁぁぁああああ!会いたかったよ!」

待ちに待ったまんばの登場に鶴丸の存在を忘れて抱きつくところだった。危ない危ない。
私があまりにもはしゃぐものだから、鶴丸の方が驚いてしまっている。たまには仕返しってことでいいよね。まんばこと山姥切くんはやれやれと言わんばかりの顔で私を見ている。

「こほん。2人とも、畑仕事お疲れ様でした。鶴丸さんは戻っていいですよ。山姥切くんはここに残ってくださいね」
「あ、ああ。姫乃どうしたんだ?俺を鶴丸さんだなんて……まさか俺の驚きがおかしくしてしまったのか?」
「心配はいらない。姫乃のことは頼りないかもしれないが写しの俺に任せてくれ」
「わかった……もし駄目そうなら呼んでくれ。太郎太刀と石切丸を呼んでこよう」

心配そうに出ていく鶴丸に少しの申し訳なさでいたたまれなくなる。いや、それよりも鶴丸は私のことをなんだと思ってるんだ。元からただの頭のおかしな奴だとでも思ってるのか?許すまじ、鶴丸。この無駄なコピー用紙代は給料から天引きにしておこう。それから驚かせるグッズも必要経費じゃなくて天引きにしよう。

「姫乃、仕事終わらないのか?」
「いや、たった今終わりの目処がたったからもうすぐ終わるよ。山姥切くんとお話したくて審神者お仕事頑張っちゃった!」
「……太郎太刀と石切丸を呼んだ方がいいか?」
「ちょ、まんばまでひどい。ちょっとした息抜きの冗談じゃない。でもまあ、山姥切くんと話がしたかったのは嘘じゃないよ」
「写しの俺と話したって何もならないだろうに」

あんたは物好きだな。何度も山姥切くんに言われた言葉だ。
彼は私にとって最初の一振で、特別な存在だからこうして一緒にいるだけでも落ち着くんだと思う。
会ったときは正直言って上手くやっていける気がしなかったけどね。常にすごくポジティブな私と常にネガティブな山姥切くん。不協和音を奏でていたと思う。
でも彼を近侍として側にずっとおき続けて、だんだんと理解していくにつれて山姥切くんのことが愛おしくなった。恋愛とか、そういうんじゃなくて、ただただ愛おしい。家族愛が1番近いかもしれない。
私はみんな大好きだけど、山姥切くんのことは断トツで大好きだ。親愛の気持ちを込めてまんばというあだ名をつけて呼ぶことにしたというのに、山姥切くんをはじめみんなに大不評を被った。結構いいと思うんだけどな……。

「仕事、早く済ませちゃうからまんばは着替えておいで。白布も洗濯しちゃうから一緒に置いておいて」
「あぁ、わかった。それじゃ行ってくる」

山姥切くんの背中を見送ってから文机に向き直り残りの仕事を片づける。
報告書に広報に……。重要な仕事はどうやら先ほどのもので最後だったらしい。ほっと一息つく。
書類の日付を見てそういえばもうそろそろ中秋の名月だと気づく。あっという間にすぎていく日々に少しのもの悲しさを感じた。
でも、気づいたからには大人しくしていられる訳がない。さて、これから準備に取りかかろうじゃないか。

「姫乃、仕事は終わったのか?」
「片づいたわ!山姥切くん、光忠に買い出しにでかけるから準備してって伝えてきて!その後三宝と花瓶の準備よろしく!」
「姫乃!?一体何を……」
「お月見よ、お月見!せっかく満月が出るんだもの、見なきゃ損損!ほら、着替えるから早く行って!」
「あ、あぁ。わかった」


なんとかギリギリで団子を作り仕上げたものの、光忠に怒られてしまった。もっと前もって言ってくれないと夕餉の献立のこともあるんだからなんとかかんとか。
まあ、幸いにも私1人が怒られただけで済んだからみんなはお月見を楽しめるだろうからよかったけどね。
お風呂にも入って、縁側でゆっくり日本酒を煽りながら眺める満月はなかなかに風流だと思う。歌仙あたりが喜びそうだ。まあ、今は次郎ちゃんに捕まってそれどころじゃないだろうけどね。きっと派手に宴会をやっているだろう。

「月見れば 千々に物こそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど」
「大江千里の歌か」
「あら、山姥切くん抜けてきたの?」
「ああ。写しの俺には宴会なんてふさわしくないからな」
「ふふっ」

理由があまりにも彼らしくて思わず笑いがこぼれた。山姥切くんは不思議そうな顔で少し首を傾げながら私と並んで腰をおろした。

「酔っているのか?」
「酔ってないわ。ただ山姥切くんらしいなって思っただけ」

飲む?とお猪口を差し出せば少し躊躇いながらも受け取ってゆっくりと傾けた。日中と違って、夜は私が寝間着にと贈った紺の着物を着ているものだからこくりと動く喉が男らしく見えて、やはり私は酔っているのかもしれないと思った。
すっと顔をそらして再び満月を眺める。

「秋ってさ、なんとなく寂しいよね。儚いっていうか」
「……そうだな。姫乃はさっきの歌が好きなのか?」
「好きというか、ただ今の私にぴったりかなーと思って」

そっと瞳を閉じて耳を澄ませば大広間の方からみんなの喧騒が聴こえる。
がやがやわいわいと、楽しそうで何よりだ。

「私1人に訪れた秋じゃないけれど、でもだからこそ私はもの悲しさが漂うんじゃないかって思うの」
「ああ」
「みんなは楽しそうなのに私は1人だって、大江千里も思ったんじゃないかなって。勘違いしないでね?私は別に楽しそうだって妬ましく思ってる訳じゃないからね。こんな綺麗な満月の日はしっぽり1人飲みがいいのよ」
「……邪魔したな。俺は部屋に戻る」
「いいよ、ここにいて。まんばは特別だよ」

立ち去ろうとする山姥切くんを笑顔で制止すれば彼は何も言わずにそのまま留まった。
お酒のせいか、ほんのり染まった頬で私と一緒に満月を眺めながらお酒を飲み、団子を食べた。それはとても心地よい無言だった。
私も酔いがまわってきた頃、ちょうどお酒がなくなったからお開きにしようと山姥切くんを見ればじぃっと私を見ていた。月明かりに照らされた彼の顔はとても綺麗で。

「どうしたのまんば?」
「なぁ、あんたはどうして俺をそう呼ぶんだ」
「まんばって?」
「あぁ。俺は所詮写しだ。本科には適うことはない。そんな俺をなぜあんたは側に置くんだ」
「そうね……私はあだ名で呼ぶのは特別な存在だけよ。もちろんみんな大切だけど、その中でもまんばが特別なの。最初の刀だからというのもあるけど、どう言えばいいのかな……」
「姫乃?」
「私はまんばにもう少し自分を大切に想って欲しかったのよね。自信を持って欲しかったと言えばいいかな。まんばは確かに写しだけれど、決して偽物ではないしむしろ国広の第一の傑作と謳われているんだもの、そんなに自分を卑下することないと思ったの。それで、私が特別なんだって伝えることで少しでも自信を持ってくれればなって」

そう言えば直接山姥切くんに理由を伝えたのは初めてだ。こういうのって伝えるべきじゃないのかもしれないけど、私はいつだってまっすぐに彼らと向き合っていたいから、きっとこれで間違っていない。
ほんの少し不安げだった表情が和らいでいくのを見てホッとした、のも束の間。次の瞬間にはもう温かくてほっとするぬくもりに包まれていた。心臓がどくんと跳ねる。

「まんば?」
「姫乃」
「なに?」
「こんな俺でも愛してくれるか……?」
「もちろん。大好きよ」

なだめるように背中に手をまわし、とんとんと軽く叩けばまんばは少し離れてぎこちなく微笑んだ。あ、初めてまんばの笑顔を見れた。嬉しくて私も自然と笑顔になる。
幸せだな、なんてのんきに考えているとそっとおでこに柔らかいものが触れた。ちゅ、なんて音をたてて。

「ま、まんば?今なにして……」
「燭台切に聞いた。現代ではきすと言うんだろ?場所によって意味があると」
「そ、そうだけど!」

真っ赤になっているだろう顔を両手で覆って隠すと山姥切くんはその手を片方だけとってそっと瞳を閉じて、手のひらにキスをした。意味を知りながらするなんて彼はいつからこんなにも積極的になったんだろうか。
自分の指越しに見える山姥切くんの目が開いて、視線が絡むと否応なしにどくどくと心臓が騒ぎ出した。

「姫乃」
「ひゃ、ひゃい!」
「あまり身体を冷やすなよ。早く部屋に戻れ。これは俺が片しておく。おやすみ」
「あ、ありがとう。おやすみなさい」

山姥切くんがお盆に徳利や三宝を乗せて持って行ってくれるのをぼーっとしばらく眺めていた。
いやいやいやいや!今のって夢かな?夢よね?とりあえず頬をつねると痛かった。それでも夢だと信じたい!
明日からどんな顔をして会えばいいんだ……!


どうして、って、ただ愛して欲しかっただけなのです

重症様に提出作品。ありがとうございました!

ヒロインが愛して欲しかったのはまんば自身、まんばが愛して欲しかったのも自分自身。けれどまんばが愛して欲しかったのはヒロインから。
そんな雰囲気が伝わればいいな。




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