永遠がほしいのです


私には大好きな兄様がいた。
生まれたときから霊力の強かった私は周囲の人間からはもちろん、親にまで気味悪がられていた。実家が神社だったこともあって、社に祀られるようにして育てられた私には友達なんているはずもなく。ただ1人で、与えられた子供のおもちゃで遊んで過ごしていた。
でも、兄様だけは私をただの妹として扱ってくれた。明るくて優しくてかっこいい自慢の兄様で、私にとっては太陽だった。きっと私に会うことは禁じられていただろうに、両親の目を盗んでは私に会いにきてくれた。

『姫乃、今日は何して遊ぼうか?』
『姫乃兄様にご本よんでほしいの!』
『姫乃は本当にこの本が好きだね。いいよ、読んであげる』

兄様の声は穏やかで優しくて大好きだった。笑顔もきらきら輝いて見えて眩しかった。さらさらな金色の髪も深い翠の瞳も私と違って綺麗で。大好きな兄様がいてくれたから私は幸せだった。
そんな日々が私が16になるまで続いた。その頃には兄様はもう立派な政府の役人になっていて、私に会いにきてくれることはあまりなくなっていた。それでも時折会いにきてくれると変わらぬ笑顔で私と話してくれた。

『ねえ兄様。兄様はどんなお仕事をなさっているの?』

興味本位で聞いたこの言葉がきっと引き金になってしまったんだろう。

『僕の仕事?姫乃は妙なことが気になるんだね』
『素朴な疑問よ。最近お忙しそうだから気になって』
『……ただの役人さ』

兄様は遠い目をしていた。虚ろだった、というのが正しいかもしれない。きっとこの時兄様は追い詰められていたんだと思う。プレッシャーに押しつぶされそうになっていたのにも気づかないで私は能天気なものだった。
翌日、父上の怒鳴り声で目が覚めた。社の裏から聞こえてくるその声の方に近寄ってこっそり聞き耳を立ててみた。

『お前はそれでも私の息子なのか!?お前が不甲斐ないせいで姫乃を社に閉じ込める羽目になっていると言うのに!』
『……申し訳ございません父上』
『お前を何の為に政府にやったと思っている!審神者試験に落ちただと!?ふざけるな!姫乃の代わりを果たせとあれほど言っただろう!』
『厚かましい願いではありますが、どうか、姫乃を社から出してやって下さい。僕は破門でもなんでも構いませんから』
『貴様、どの口で私に頼んでいる?お前などやはり我が家に置いておくべきではなかった。姫乃が生まれた日に追い返せばよかったのだ。そうすればあの娘が寂しい思いをすることもなかったというのに。この下賤な小僧が!』
『父上、お待ちください!父上!』

その声を境にしんと静まり返った。どういうことなのかわからなかった。兄様が私の代わり?私がここにいるのは兄様のせい?意味も分からず涙が溢れてきた。
その日の夜だった。社の扉が開かれたのは。暗闇の中に見える金髪に兄様だとわかった。でも、何か雰囲気が違う。おそるおそる声をかけても無反応で。その時気づいてしまった。兄様の手に握られた刀が血塗られていたことに。
ゆらりゆらりと近づいてくる兄様に少し恐怖を覚えて固まっていると兄様は私にかけられていたまじないを解いていつもの笑顔で言った。

『今まで悪かったね姫乃。さあお逃げ。名乗れば政府はお前を匿ってくれるだろう。くれぐれも戻ってきてはいけないよ。さあ、早く行くんだ』
『兄様……?』
『僕は兄様なんて呼ばれていい人間ではないんだ姫乃。僕が君を不幸にしていた張本人なのだからね』
『そんな……兄様は一緒にお逃げにならないのですか?』
『僕はここに残るよ。大丈夫、姫乃の知りたいことはすべて政府の人間が話してくれるだろう』

兄様に言われるがまま、私は生まれて初めての外を走った。走って走って、走って。ようやく政府の建物にたどり着いた頃にはもう息も絶えだえで。なんとか名乗れば兄様の言う通り、政府の役人は私を匿ってくれた。
事の顛末を聞いた私は驚くほかなかったのだけど。
私は、本当はあの家の娘ではなかった。私の本当の両親は歴史改変によって私が生まれたその日にこの世から存在が抹消された。私だけ、まだ神の子だったから消滅を免れたらしい。
そんな私を拾ったのが父上と母上と呼んでいた存在。人に化けたあやかしだったそうだ。私が育ったら私に宿る霊力を我がものにしようと企み、ずっと社に隠していた。そのことに気づいた政府は私を差し出すようにと勧告を出したらしいのだが、当然私が渡されることはなく。その代わりが兄様だったのだ。
兄様は私と同じく迷い子だったところをあやかしに捕まり、いいように使われていたらしい。誰よりも可哀想だったのは兄様なのだと気づいたのはこの頃になってだった。

その後私は審神者となる資格があるとしてあらゆる教育を受けた。文字の読み書きにはじまり、果ては刀を使う戦いの訓練まで受けた。社にいた頃とは違って、すべてが現代的な施設に驚きは隠せなかったが、何もかも上手くやってみせた私は誰よりも強い史上初の女審神者となることが決まった。
最初の一振は山姥切国広を選んだ。理由はなんとなく私に似ているような気がしたからだ。与えられた山姥切国広を手に、私は本丸へと向かった。
山姥切国広を顕現させてみて、驚いたと言うほかなかった。その姿はどこからどう見ても兄様そっくりだったのだから。

『にい、さま……?』
『……何を言っている?俺は山姥切国広だと言っているだろ』
『そう、よね……。ごめんなさい、とても、貴方に似ている人を知っているから』
『そうか。それで主?俺に何をしろと』

それが山姥切国広とかわした最初の会話だった。この時はまだどちらもよそよそしいというか、どちらとも警戒していた。
今とは全然違う。

「国広……」
「ん……なんだ姫乃。もう起きたのか」
「夢を見たの。昔のね」

目を開けば愛しい初期刀の彼の寝顔があって。可愛いくて思わず頬を撫でながら名前を呼べば起こしてしまった。寝起きの掠れた声で呼ばれる私の名前が好きだ。こんな風に誰かの側で眠り、朝を迎える幸福を教えてくれたのは国広だった。
こうして一夜を共にするときはいつも腕枕をしてくれている国広は起きてもすぐには身動きが取れないので、その隙にそっと唇を重ねれば拒まれることはない。

「兄様はお元気にしていらっしゃるのかしら」
「どうだろうな。少なくとも無事ではないだろうが」
「そうよね……」
「大丈夫だ。この戦いが終われば姫乃は自由の身なんだろ?探しにいけるさ」
「国広……」

彼はわかっているのだろうか。この戦いが終わるという言葉の意味を。……いや、わかっているんだろうな。私を抱きしめる腕に少し力がこもった。
それに応えるように胸元にすり寄ればさらにきつく抱きしめてくれる。きっとお互いに口には出さないだけで考えていることは同じなのだと思う。それは望んではいけないことだからだ。

「姫乃、俺を忘れないでくれ」
「もちろんよ。絶対に忘れないわ」
「俺が……だったらよかったのにな……」
「国広……」

私が神に恋をしたから。神を貶めることになったのは私のせいなのだ。
申し訳なく思う気持ちも、決して嘘ではない。でもそれ以上に人に身をやつしてでも私と共にいたいと望んでくれるこの方が愛しくてたまらないのだ。

「愛してるわ国広。これからもずっと」


永遠がほしいのです


(兄よりも、愛しいこの神と過ごすこの時がずっと続いてほしいと思うのは罪ですか?)

ブラコン気味審神者の葛藤。ほとんどまんばちゃんが出てこなかった……。




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