この瞬間だけは 今日もまた1日が始まる。 ピピピッとうるさい目覚まし時計を止めて思いっきり伸びをする。これがなんとも気持ちよくて。唯一の朝の楽しみでもある。 昨夜、枕元にあらかじめ準備しておいた着物を手早く着ると障子戸を開けて廊下に出る。庭の小池に朝日が反射してとても眩しい。今日もいい天気だ。 できるだけ、まだ寝ている子たちを起こさないように静かに廊下を歩いて台所に行くと、そこにはもう先客がいて。 「おはよう光忠。今日も早いのね」 「おはよう姫乃。下準備はほぼ終わっているよ」 起きてすぐ収穫したから今日の野菜はどれも新鮮だよ、なんて嬉しそうに話す彼はこれでも人間ではない。私が顕現させている刀剣の付喪神なのだ。そう思うと胸がつきんと痛む。おそらく私はこの男神が好きなんだと思う。ただそれは禁忌以外の何物でもないので心の奥底に秘めておくしかないのだけれども。 「今日の朝餉は何を作るの?」 「今日は大根とわかめのお味噌汁に銀鱈の西京漬、それから大根と白菜の浅漬けかな。食後にはお汁粉を甘味に用意しているよ」 「随分とはりきったのね」 「そりゃあね!昨日の今日ではりきらないわけにはいかないさ!」 ニコニコと楽しそうな光忠を見るのが私は好きだ。彼はすぐにカッコつけたがるところがあるけど、こういう無邪気なところも私が好きなところだ。 それからこれは確かめたわけではないけれど、光忠も私のことを私と同じように想ってくれている。と思う。自惚れなんかじゃないと思う。なぜなら昨日、私は彼を連れて生活必需品を買いにでかけたのだが、どこで聞いたのか、でーとみたいだね、と照れて言ってのけたのだ。 これには私も照れずにはいられなかった。でも、お互いに踏み込むべきではないと線を引いて何も変わらない朝がこうして来たのだ。 「それじゃあ私は魚を焼こうかしら」 「ああ、頼むよ姫乃」 「光忠のお味噌汁は美味しいと評判だものね」 「僕は姫乃のお味噌汁の方が好きだけどね」 「お世辞でも嬉しいわ。ありがとう光忠」 庭先に出ようと七輪を持ち上げるとさっと光忠が取り上げて持っていく。私を女扱いしてくれるところにもまた胸がきゅんと鳴く。 庭先に並べた七輪の全てに火をつけて再度光忠はじゃあお願いするね、と言って台所の方へと戻っていった。 思いのほか、今日は冷えるな。分厚い上着を持ってくればよかった。そう思いながら七輪の火に当たっていると肩にぱさりと温かい気配がした。 振り返れば、今日は冷えるから暖かくして風邪引かないようにね、と笑顔の光忠がいた。なんでこの男神はこんなにも私を労わってくれるのか。閉じ込めていた想いが溢れ出す。 「光忠、好きよ」 ありがとう。そう告げるつもりで開いた口が違う言葉を発する。はっとして、口元に手をやってもその言葉が取り消されることはない。 おそるおそる、彼の顔を見上げれば嬉しそうに微笑む彼がいた。ぐいっと、それでも優しく私を引き寄せた光忠は私を腕の中に閉じ込めた。とても温かいその場所は私の為にあるのだと錯覚する。 「僕もずっと姫乃が好きだったんだ。でも、主にそんな想いを抱くなんて許されないと思っていた」 「そんな……私も、神である貴方を想うなんて畏れ多いことだと思って……」 「姫乃」 名前を呼ばれて、彼の腕の中で顔を上げれば整った顔が近づいてきて、唇に触れた。最初は軽く、そして今度は長く。 「光忠……」 「愛してるんだ姫乃。それだけじゃ駄目かい?」 「駄目、なんかじゃない」 私たちのこの想いは届くべきではなかったのだと後悔する日がくるかもしれない。私たちに何か災いが起きる日がくるかもしれない。それでもただ、今はこの愛おしいぬくもりを大切に生きていこうと決めた朝だった。 この瞬間だけは (ああっ!お魚焦げてる!) (わー!ごめんなさい光忠) (朝からイチャついてるから焦げるんだぞっ) (み、乱ちゃん) (大将、鍋が吹きこぼれてたぞ) (ああ、薬研までいたのかい!?) (お2人とも、ご覚悟はよろしいですな?) ((ひええ!)) 短刀の教育上よろしくないことはいちにいがすぐ飛んできて成敗します。 Title by秋桜 ← |