運命の日


それから毎日、少しずつだけど有里奈と話すようになった。ほとんど俺が有里奈のクラスまで押し掛けて行っていたけど、たまに廊下ですれ違うときは有里奈から声をかけてくれることもあって、それが嬉しかった。
有里奈のことも少しずつ知っていった。まず虎野と呼ばれるのがあまり好きではないということ。慌てて俺が有里奈っちと呼ぶようにしたのは言うまでもない。
それからバスケ部のマネージャーをしているということ。これが1番意外な新情報だった。帝光中バスケ部と言えば、この学校で1番有名な部活と言っても過言ではない、帰宅部の俺ですらその高名は聞いたことがあるほどだ。

「私ね、運動は全然できないんだけどバスケが大好きなの。それで少しでもバスケに関われたらと思って」

少し照れくさそうにそう言った有里奈は超可愛かった。綺麗なイメージしかなかったからふにゃっと笑うその顔は今でも忘れられない。
有里奈が部活行ってくるねと手を振っていくのを何度見送った日だったかな。俺も帰ろうと思って何気なく歩いていたんだ。今日の体育の授業はつまらなかったなーなんて思いながら。
バスケ部がいつも使っている体育館の前の渡り廊下を歩いていた時だった。前からバスケットボールが転がってきた。

「わりぃー!投げてくれねぇか?」
「いいっスよー」

サンキュー!そう言って走っていく後ろ姿がなんとなく気になって。有里奈にも会えるかもしれないし、なんて意味のわからない言い訳をしながら体育館を覗いた。
そこには有里奈の姿は見当たらなかったけど、さっきの奴はいて。

圧倒された。

とても楽しそうで、あまり詳しくないけど俺が見てもすごいとわかるプレイにしばらく見入っていた。きっとこの日から無意識のうちに憧れていたんだろうなと思う。
その翌日、俺はバスケ部に入部届けを出した。
2年とはいえ、新入部員の俺は1年に混じって体育館のモップがけをしたり、基礎トレーニングをしていた。
それは昨日覗いた体育館とは違う、明らかにレベルの低いプレイヤーがいる体育館だった。

「お疲れ様、黄瀬くん」

それでもさすがは名門というべきか、練習はそれなりにキツくてようやく訪れた休憩に安堵していると聴き心地のいい声が聴こえて。目の前にドリンクのボトルが差し出された。

「あ、有里奈っち!ありがとっス!」
「頑張ってるね。今日入った人がいるって聞いて探したら黄瀬くんがいて驚いたよ」

にこにこと嬉しそうな有里奈は俺にドリンクを手渡すと俺の隣にすとんと腰をおろした。いつもは綺麗な腰まで伸ばしたストレートヘアが今は高めの位置でポニーテールになっていて、綺麗な首筋が見えてドキッとした。
受け取ったドリンクを飲むとちょうどいい冷たさでグイグイ身体に染み込んでいった。

「少し見させてもらってたんだけど、黄瀬くんってバスケ経験ゼロには見えないよね」
「運動神経だけはいいんス俺」
「みたいね。昨日の授業少し見てたんだけどサッカーも上手そうだったもんね」
「うわー、優等生なのに余所見してていいんスか?」

少しならいいの!とほんの少し膨れてみせた有里奈が可愛かった。

「そういえば有里奈っちはここの体育館なんスか?さっきまではいなかったと思うんスけど……」
「あー。私は基本的には1軍の体育館にいることが多いけど、時たま情報収集のために他の体育館を巡るの。今日は言うなれば黄瀬くんの情報収集に来ただけだからもう少しデータが取れたら戻るよ」
「そうなんスか……じゃあもう一息だけ真剣に頑張っちゃうっスよ〜!」
「あんまり頑張りすぎないようにね?オーバーワークはまだ心配ないと思うけど、少しずつうちの練習に身体を馴らしていってね。あんまりひどいと吐いちゃうから」
「了解っス!じゃあ有里奈っちまた話しよ!」

ほんの少しおどけて言ったけど、有里奈が俺を見に来たと言ったことが本当に嬉しくて、その後の練習は気合いを入れて頑張った。
ちらっと有里奈を見るとノートに何か書き込んでいたり、じっと真剣に俺の練習を見ているようだった。目が合うとにこっと笑ってくれるのが嬉しくてなおさら頑張ったのは言うまでもない。



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