きみが愛しいと気づいたから


「一期、今日も1日よろしくね」

朝、燭台切殿から朝餉の支度ができたと聞き主殿の自室に向かうとそこにはいつも通り質素な着物に身を包んだ主殿がいらっしゃった。この方の近侍となって早数ヶ月が経とうとしているが、1度も身支度が整っていなかったことはない。夜、私が最後にこの部屋まで送り届けるその瞬間までずっとこの様子でいらっしゃる。

「おはようございます、主殿。では大広間に参りましょうか」

主殿の後ろをついて歩く。その間に今日1日の大まかな流れを聞いて、朝餉の後に決めるのが日々のことだった。第1部隊は墨俣に出陣して、第2第3第4部隊には遠征というのが最近の常だった。

「今日のことだけど、内番以外はお休みにするわ」
「遠征部隊もですか?」
「そうよ。たまには丸1日使ってでも息抜きしないとね」
「ということは本日は私の仕事もなし、ということですか?」
「そうなるね。私は今日中に提出しなければいけない報告書があるから執務室に篭るけれど、一期もゆっくり過ごしてね」
「ありがとうございます」

いつもなら朝餉は静かなことが多いけど、主殿が食べ始める前に今日は休みである旨を伝えると皆嬉しそうに今日は何をして過ごすかと各々話しているようだった。
私もこういった休みは滅多にないのでどうしたものかと思っていたら主殿に見抜かれたようで「私のことなら心配いらないからたまには弟くんたちと1日一緒に過ごしてあげて」と言われてしまった。
弟たちとは毎日寝食を共にしているし、その日の出陣が終われば共に遊んでいるからあまりせがまれることはないと思うけど、主殿の補佐をすることがない以上私にはそのくらいしかすることがないのも事実だった。
朝餉が終わると早速弟たちがやってきて、あれもこれもと色々な遊びに誘われた。全部、という訳にもいかないが1つずつ一緒に遊びを重ねていく。かくれんぼや鬼ごっこ、だるまさんがころんだなど庭先で遊ぶものから、絵本を読んだり絵を描いたりお手玉をしたりと室内で遊ぶものまで様々だった。
夕方に差し掛かる時間になり、遊び疲れた弟たちに布団を敷き寝かしつけた頃、主殿がいらっしゃった。

「あら、みんな眠ってしまったのね」
「はい。今日はたくさん遊びましたから疲れたようですな」
「そう、それならよかった。一期は疲れていない?もしよければ夕餉の頃に起こしに来るから休んでいいよ」
「主殿の手を煩わせるわけにはいきません。お心遣い痛み入る。でも主殿は今朝言っていたお仕事は終えられたのですかな?」
「さっき終わったのよ。だからもしよければ私も遊びに混ぜてもらおうと思ってきたの」
「左様でございましたか。もし主殿がよろしければまた次の機会に遊んで戴いても構いませんか?弟たちも喜びます」
「もちろん。一期、ここであまり話すと起こしてしまうかもしれませんから私の部屋へ行きましょうか」
「かしこまりました」

主殿に促されるまま主殿の部屋にお邪魔する。毎朝毎晩入口まで送り迎えをすることはあれど中まで入ることはあまりない。
女人の部屋をジロジロ見るものではないと思いつつも興味深くて見渡してしまう。和箪笥と文机だけしか家具らしい家具もない、主殿らしいといえばらしい部屋だった。厨から離れているために電気ポットが置いてあるくらいで生活感も皆無に等しい。
何ももてなせないけれどよければ食べてねと細工が綺麗なこじんまりとした和菓子とお茶を出してくださった。

「とんでもない。ありがとうございます」
「一期は今日1日ゆっくりできたかしら?」
「おかげさまで。弟たちとゆっくり過ごすことができました」
「それならよかった!一期、私の近侍になってから以前より弟くんたちと過ごす時間が短くなったからなんとかしてあげたかったのよね」
「え?」
「別に今日の休日は一期の為だけってわけじゃないよ?みんな最近ちょっと疲労も溜まってきているようだったからいい機会だと思ってね。ほら、一期ってば何か欲しい褒美はないかって聞いても何も言わないんだもの、私にはこれくらいしか思い浮かばなかったの」
「そんな……私は主殿の側にいられることが何よりの褒美です」
「もう、一期はそういう上手い言葉がすぐに出るんだから。でも……ありがとう」

にっこりと嬉しそうに笑う主殿に不意に心臓が鳴った。平静を装いながらもなんとか落ち着けようと試みるがどうにも治まりそうにない。それどころか自分の口から出た言葉にさえも反応してしまう。
いつからだろう。主殿の側にいられることが幸せだと感じるようになったのは。寝ても覚めても弟たちのことよりも主殿のことが頭をよぎるようになったのは。戦場に赴いる時でさえ主殿の私を呼ぶ声や色々な表情が思い浮かぶようになったのは。
ああ、そうだ……。顕現して一目主殿を見たときから、私はずっと主殿が気になっていた。今までずっとその記憶から目を背けていたけど、でもあの時たしかに私を見て嬉しそうに笑うその人を可愛いと思ってしまったんだ。弟たちに向ける感情とは違う、別の愛おしさを感じていたんだ。
さまよわせていた視線を主殿に向けると視線が絡んだ。

「どうかしたの一期?」
「主殿、申し訳ないのですが1つお願いがあるのです」
「なーに?一期のわがままならなんでも聞くよ?あ、でも近侍降りたいとかそういうのは困るけど」
「とんでもないです。むしろこれからも私をお側に置いて戴けるならこれ以上ないほどありがたいことです」

だったらなーに?と言いたげな主殿を見ると少しおかしくて笑ってしまった。主殿がおかしいわけじゃなく、こんなことを乞おうとしている私自身がおかしくて。

「姫乃様」
「え?」
「これからは私も姫乃様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「そんなことでいいの?もっと休みが欲しいとか言ってもいいのよ?」
「構いません。むしろお暇を戴けるのならばその間も姫乃様のお側に置いて下され」

ええ、それじゃあ一期休めないじゃない!なんて騒ぎだすこの可愛らしい人をもうしばらくこの特等席で眺めていたいと思う。
そっと姫乃様の手を取って微笑んだ。



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