やっと素直になれたからで、


「姫乃」
「なにかしら?」
「あの、さ……」

今日こそ俺は言うんだ。姫乃にいつもありがとな、好きだって。
主に好きだなんて言って許されるのかどうかなんて関係ない。ただ俺は伝えたいんだ。

「その、す……」
「す?」
「いや、いつもさ……」
「うん?」
「ああああああ!いつもすげぇいい匂いするよなー、この時間になると!」
「え?あぁ、そうね。光忠がきっと厨で腕を奮ってくれているのよ。今晩の夕餉も楽しみね」
「そう、だな!あははは……」

今日もまた言えなかった。昨日と同じように姫乃は俺に背を向けて自室の方へと歩いていった。
俺はがっくりと肩を落としながら踵を返すと廊下の陰からこちらを覗く人影と目が合う。

「兼さん、今日も駄目だったね」
「あぁ、どうしても姫乃を前にすると声が出ねぇんだ」
「とりあえず部屋に帰ろう。また特訓だよ兼さん!」
「国広……世話かけるな」
「いいんだよ兼さん!僕は好きでやってるんだから」

ニコニコ笑って、国広は俺の手を引いて歩き出す。
俺には国広以上の相棒なんてきっといない。その存在のありがたさを実感しながら部屋へと戻る。

この感情に気づかせてくれたのも国広だった。
姫乃を見ると胸がきゅっと締めつけられるような感じがして苦しいんだ、そう伝えたら国広は少し驚いたような顔をして、でもすぐにニッコリ笑うと「兼さん、それはきっと恋だよ」と嬉しそうに言った。
初めて恋をした。しかもその相手が主だ、絶対に許されることじゃないことはわかってる。もっと言うなら俺は付喪神で彼女は人間、結ばれるはずがない。それでも、気づいてしまった感情に嘘はつけなくて……俺はまともに姫乃の顔を見ることもできない日々が続いてる。
国広はそんな俺を優しく励ましながらずっと練習に付き合ってくれて、見守ってくれてる。いい加減その恩にも報いたいところだ。

「なにー?またダメだったわけ?」
「こら清光、そんな分かりきったこと聞いちゃだめだって」

部屋に戻れば同室の清光と安定が興味なさげな視線をこちらにちらりと送りながらそんなことを言った。
国広は困ったようにあはは、と笑うだけで何も言わない。まぁ、それ以上に返す言葉もない俺はムスッとした顔を隠すこともせずどっかりと腰を下ろす。

「和泉守もさー、男ならせめてしゃきっとしなよ。俺みたいに可愛いわけでも長曽祢さんみたいにかっこいいわけでもないんだからさ」
「兼さんも頑張ってるんだよ。はじめた頃に比べれば主の顔を見られるようになったし、誤魔化すのも上手くなったし!」
「堀川、それフォローになってないからね?それに、いつも言ってるけど和泉守のこと甘やかしすぎるからこんなダメ男になってるんだって」
「僕はそんなに兼さんを甘やかしてなんて……」
「「いーや、絶対甘やかしすぎだって」」

おい真似すんなよ、なんて清光と安定の小競り合いが始まって、国広がそれを止める。これだっていつも通りの光景だ。
3人を見ながら気づかれないようにため息を零す。俺だって情けなくて仕方ないんだ。たった2文字が言えなくなるなんて俺はこんな軟弱者だったのか。
好きだと気づく前は普通に話すことができたし、姫乃に触れることだってできた。それが今ではこの有り様だ。
姫乃は誰にでも分け隔てなく優しくて、可愛くて綺麗で、頭もきれて文句なしに自慢の主だ。俺以外にも気づいているかいないかはさておき、好意を寄せている奴はこの本丸にも多数いる。早く伝えないと取られてしまうかもしれないという焦りも加わって余計に苦しくなる。
国広はいつもと同じように俺を応援してくれているが、今回は訳が違うのを俺は知っている。姫乃の初期刀は山姥切国広、つまるところ国広の兄弟だ。その山姥切が姫乃を特別に想っていることはこの本丸にいる誰もが知ることだ。だからきっと国広は俺よりもつらいと思う。俺のことを応援する度に兄弟を裏切るような感覚に苛まれているはずだ。

「大丈夫兼さん?また明日がんばろう!今日はもうしっかりご飯を食べてゆっくり休めばまた明日がんばれるよ!」
「国広……ありがとな」
「ほら、もう夕餉の時間だから大広間に行こう!清光と安定もいつまでもむくれてないでほら、行くよ!」

しっかり者の国広に頼っているこのままでいいんだろうか、なんて考えていたせいでこの日の夕餉は味さえ分からなかった。
翌日は朝から出陣で、戻る頃にはもう日が暮れていた。俺達が出陣から戻ると姫乃はいつものように玄関で出迎えてくれた。おかえりなさい、今日もお疲れ様でした。にこにこしている姫乃は変わらず可愛くて全員口元が緩む。
隊長だった俺は報告の為に姫乃の後をついて共に姫乃の自室に向かう。姫乃が手ずから振舞ってくれたお茶を飲みながら今日1日の成果を報告する。負傷者の有無と刀装の具合、それから資材や保護した刀剣についてを報告すると姫乃は1度頷いて微笑んだ。

「全員ご無事だったようで安心しました。報告ありがとうございました和泉守さん。もう戻って戴いて構いませんよ」
「姫乃、もう少しだけここにいちゃダメか?」
「えっ?私は構わないけれど、和泉守さんお疲れじゃないの?」
「少し、姫乃と話がしたい気分なんだ。あ、俺ならさっき報告した通りケガも疲労も平気だ!」
「ふふっ、それじゃあ少しお話しましょう」

ついつい勢い余って姫乃の部屋に留まってしまったけど、何から話せばいいんだ?いくら出陣帰りで気分が昂っていたとはいえ、やってしまった。
しどろもどろしていると姫乃が少しおかしそうに笑った。

「和泉守さん、ひょっとして何も考えていなかったの?」
「あ、あぁ。悪いな」
「……でも、嬉しいな。最近、和泉守さんがなんだかよそよそしい気がしてたから」
「へ?」
「少し前までは毎日話しかけてくれて、いろんなお話をして笑わせてくれたのに最近はちっともそんなことがないから寂しかったのかも」
「……姫乃は、俺と話せないと寂しいか?」
「……寂しい、かな。私は審神者であなたたちの主だから、和泉守さんみたいに気さくに話してくれる人はあまり多くなくて」

笑顔から一転、寂しげに足元に視線をずらした姫乃が可愛くて可愛くて仕方なくてそっとその手を取った。
今度はほんの少し驚いたような顔をした姫乃と視線がかち合う。最近いつも感じていた動悸が心地よく感じる。まっすぐに姫乃の目を見る。

「俺は姫乃が好きだ、それにいつも感謝してる。ありがとな!」

ニッと笑えば姫乃は同じように笑い返してくれる。その笑顔に俺は少し照れくさくなりながらも握った手を離すことはできそうもなかった。



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -