不安を消したかったからで、


女は移り気な生き物だ、などと言われるようになってもうどれくらい経ったのかなんて写しの俺には分からない。
ただ1つ言えるとすれば俺の今の主である姫乃にもそれは例外なく当てはまるということだけだ。
姫乃が審神者としてこの本丸に赴任することが決まったとき、俺は姫乃の最初の刀としてここに共にやってきた。初めこそ、重宝されてずっと近侍として側に置かれていたが今ではもうあまり近侍とされる機会はなくなった。
写しである俺なんかよりも相応しいやつらがいることは分かっている。俺には今の扱いが丁度いいことも。でも、時々考えてしまう。なぜ姫乃の隣にいるのが俺じゃないのかと。

「山姥切国広くん、明日は近侍よろしくお願いしますね」
「……何を期待してるのやら」

久しぶりに姫乃から声がかかったというのに、俺の素直じゃない口は気づけばそう言っていた。本当は嬉しくて仕方がないというのに。
そんな俺の胸中を知ってか知らずか、姫乃はいつもの笑顔を浮かべてそれじゃおやすみなさいと言って部屋へと帰っていった。しばらくぼんやりと姫乃の出ていった障子を眺めていたが、明日は近侍として姫乃を起こしに行かないといけないと思い出し早々に寝ることにした。

翌朝、いつもより少し早めに起きて身なりをそれなりに整えて姫乃の部屋へと向かう。久しぶりで忘れていた俺だったが、姫乃はとてつもなく寝起きが悪い。

「おい、姫乃。朝だ、起きろ」
「ん〜?もう少し寝かせて……」
「ダメだ。もう時間だ、早く起きないと朝餉がなくなるぞ」
「大丈夫だよぉ〜……燭台切光忠くん優しいから置いておいてくれるもん」
「今朝は歌仙兼定と薬研が当番だ。あいつらは燭台切のように甘くないぞ」
「む〜……やだ」
「やだじゃない。起きろ」
「もうっ!起きればいいんでしょ、起きれば!」
「ああ。おはよう姫乃」
「おはよう、山姥切国広くん。起こしてくれてありがとうございます」
「俺は外で待っているから早く身支度を整えて大広間に行くぞ」
「はーい!」

近侍として姫乃の側にいられることは素直に言って嬉しいと思う。ただ、この1日の始まりが1番大変だ。ほかのやつらも言っていたから間違いないと思う。
質素な着物に身を包んだ姫乃が障子戸をあけて出てきた。今日もいつものように一瞬で表情がきりっと切り替わっていることに少しほっとして大広間へと連れ立って歩いていく。
道中今日1日の予定を姫乃から聞き、朝餉の後皆に伝えるのが俺の仕事だ。どうやら今日は遠征のみで出陣はないらしい。あまり忙しくはなりそうにないな、と高をくくっていた。

「ごめんね、わざとじゃないんです!」

遠征部隊を送り出したあと、姫乃に言われ俺はとある刀剣たちを呼び集めた。
へし切長谷部、薬研藤四郎、歌仙兼定、燭台切光忠、一期一振、そして俺。姫乃の部屋の隣にある通称仕事部屋に集められた俺達は姫乃の困った顔を見て後に続く言葉を察していた。

「仕事がたてこんでて終わりそうにないの……お願いします、手伝って下さい!」
「主命とあらばこのへし切長谷部、なんでも致しましょう」
「大将、毎度毎度なんでこう溜めちまうんだ」
「薬研の言う通りだよ主。まったく雅じゃない」
「まあ、このメンツにこの部屋ときたらそれしかないよね」
「ははは……主殿が困っていらっしゃるのは分かりましたが、またですか」
「……つい先日消化したところだったと思うんだが」
「あ、あははははは……?」
「「「笑い事じゃない!」」」
「……とにかく、話していても始まらない。姫乃、役割を言ってくれ」
「えっと、薬研藤四郎くんとへし切長谷部さんにはいつも通り会計処理をパソコンでお願いします。歌仙兼定さんは私の汚い報告書をいつものように清書お願いします。燭台切光忠くんと一期一振さんは私が目を通した書類を整理してファイリングしてください。山姥切国広くんは会計処理のお2人が印刷した収支報告書の最終確認と整理をお願いします!」

それぞれ振り分けられた役目をこなすべく動き出す。
俺は薬研たちが仕上げるまで手が空いていたのもあって姫乃の手伝いをすることにした。
姫乃の部屋の隣とは言っても溜まった書類を運ぶのはなかなかに骨が折れるもので、燭台切と一期一振と共に何度か往復してようやく全て運びきった。それを姫乃はすごい勢いで目を通していく。これほど早くできるのならばなぜ溜めずにやれないのかと毎回思う。
そうして姫乃が目を通して判がいるものは俺に渡され、それ以外の資料類はすべて燭台切たちに渡される。気づけばあれ程あった書類の山も残りわずかとなっていた。

「おーい山姥切、収支報告書仕上がったぜ」
「ああ、分かった」
「山姥切国広くんありがとう。あとは私がやるから収支報告書の方お願いね」
「ああ」

薬研と長谷部の作った収支報告書に目を通す。大所帯なのもあって食費が頭一つ飛び抜けてかかっている。光熱費はいつもと変わらない程度だ。主にこの部屋で使われている機械類の電気代だけだからな。
雑費が今回やけに高いな……いつもは短刀たちのお菓子を買ったり、鶴丸のイタズラ道具を買うのに使う程度だからこんなにかかっているのはおかしい。

「姫乃」
「なーに?」
「雑費がやけに高いが、何か買ったのか?」
「あー……タブレット端末かなたぶん」
「……なんだそれは」
「パソコンのキーボードがないタイプみたいなの」
「何に使うんだ?」
「なんとなく、あったら便利かなーと思って買ってみたんです」

理由を聞いた俺が馬鹿だった。おそらく他所の審神者が買ったとかで欲しくなっただけに違いない。ちらりと他の4人を見ると同じような想像をしたらしく困ったような苦い顔をしていた。
小さくため息をついて俺は姫乃に向き合う。

「……それなら問題ないと思う。収支報告書はこれで提出して大丈夫だ」
「ありがとうございますへし切長谷部さん薬研藤四郎くん。お2人はもう休んで戴いていいですよ。燭台切光忠くんと一期一振さんももう大丈夫なのでお2人と一緒に行ってください」
「主、報告書の清書も終わったよ」
「ありがとう歌仙兼定さん!みなさん助かりました、本当にありがとうございました!」

時々、俺は姫乃が主らしくないと思うことがある。
こういう時深々とお辞儀をするところとか、俺たち相手に敬語を使う時とか。でもそれが姫乃のいいところでもあるが。
姫乃の言葉通り俺以外のやつらは部屋から出ていって、俺と姫乃2人きりになる。

「なぁ、姫乃」
「なんですか?山姥切国広くん」
「どうして俺を選んだんだ?」

自分でいうのもなんだが、抽象的すぎたかもしれない。じ、と言葉の真意を見極めるように姫乃がこちらを見ている。まっすぐ絡み合った視線に耐えきれず俺は逸らしてしまう。
姫乃は作業の手を止めて、腕を組んでうーんと唸ったかと思うと俺に微笑んで見せた。

「直感、でしょうか?一目見た時にこの刀だ!と思ったから私は最初の一振を貴方に決めました。今日貴方を近侍に選んだのは昨日の貴方の瞳が寂しげに揺れていたように感じたからです」
「俺が寂しい?」
「そうです。貴方は認めないでしょうが、主である私が見抜けないはずがないでしょう。最近あまり貴方を近侍にしなかったから不安だったのですよね、配慮が足りずごめんなさい」
「いや、俺は別にそんな……」
「嘘をつかなくても大丈夫ですよ。私にはお見通しなんですから」

姫乃のこういうところはほんとに敵う気がしない。主だから当然といえば当然なのだが。
そっと姫乃の手を取って自分でも聞き取れないほど小さな声で「ありがとう」と呟くと姫乃はいつもの優しい笑顔を返してくれた。



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