言葉にならなかったからで、


僕がこの本丸に来てからもうどれくらい経ったのだろう。
僕のすぐ後に大倶利伽羅くんも来て、鶴丸さんも来て、どんどん賑やかになっていって。毎日が楽しくて仕方ないんだ。
だからかな、少しずつ、僕も人間に近づいて行っているような気がしてる。いや、近づくどころかもはやほぼ人間と言っても遜色ないほどなのかもしれない。
なぜなら僕はこの本丸の唯一の人間で、女性で、守り従うべき主である姫乃に恋をしたのだから。

「光忠、お買い物に行きましょ」
「オッケー!すぐに準備してくるよ」

ほら、こんな何気ない誘いにでさえ僕の心は浮き足立って自然と顔には笑みが浮かぶんだ。
姫乃が僕を買い物に誘うときは決まって食材の買い出しだってわかってはいるんだけどね。それでもその間は僕が姫乃を独占できるから嬉しくて、いつにもまして髪型に気を使う。内番のジャージからいつもの洋服に着替えて、もう一度髪型を確認して、鏡に向かってかっこよく笑ってみせる。うん、今日も僕はかっこよく決まってるよね。

「ごめん、お待たせ姫乃」
「大丈夫よ。それじゃあ行きましょうか」

ほんのり微笑んでくれた姫乃の横に並んで歩き出す。
歩いている間は夕餉の献立の話とか、姫乃が食べたい料理とか甘味の話をしている。聞いたこともないような名前が出てくることにはもう慣れっこで、でも聞いたからには作ってあげたくて本丸に戻るとこっそり姫乃に借りているタブレット端末でレシピを調べてはサプライズも兼ねて出してみるんだけど……実際、サプライズに関しては姫乃よりも鶴丸さんが喜んでいる方が多くて心情的にはなんとも言えないところなんだけどね。

「光忠、今晩の献立は?」
「今日は畑で採れた茄子とトマトを使ってラタトゥイユを作ろうかと思っているよ。ズッキーニとパプリカを買って帰りたいんだけどいいかな?」
「構わないよ。というか、買い物に来なかったらどうするつもりだったの?」
「その時は鮎の塩焼きと冷やしトマトと、茄子と胡瓜の浅漬けにしようかと思ってた。食後の甘味には蜜豆をだそうかと思っていたんだ」
「それはそれで美味しそうね……ほんと、光忠が料理を作ってくれるようになって嬉しいわ」
「姫乃がそう言ってくれるから僕も作り甲斐があるってものだよ。みんなも美味しいって喜んでくれるしね!」

僕の料理でみんなが喜んでくれているのか、はたまたみんなも大好きな姫乃が幸せそうに食べているのを見て喜んでくれているのかはわからないけど。それでも僕は純粋に姫乃の笑顔が、みんなの笑顔が嬉しい。

「そうそう、今日はただのお買い物じゃないの」
「え?どういうことなんだい?」
「光忠が美味しいケーキのレパートリーを増やしてくれたらなーと思ってケーキバイキングに行こうと思うの!」
「ばいきんぐ?」
「あー、えーとね……そう!食べ放題!自分の食べたいケーキを好きなだけ食べられるのよ、すごいでしょう!」

姫乃がなんだか誇らしげにそう言うから思わず笑ってしまった。本当に甘味の大好きな女の子だと思う。普段はどちらかと言えば落ち着いた大人の女性だけど、甘味を目の前にすると少女のように目を輝かせてとても可愛い。
姫乃はそのケーキバイキングのお店には審神者となる前に何度か訪れたことがあるらしく、あのケーキが美味しいとかあのケーキは見た目が綺麗だとか、そんな話をずっと楽しげに話していた。
お店に着くと姫乃は意気揚々と僕の手を引いて中に入って、従業員にカップルコースで予約してました、なんて高らかに宣言したものだから思わず赤面してしまった。

「姫乃、カップルって……」
「今日はカップルコースっていうのがあってね?その……男の人と2人で来るとお得だから光忠を誘ったの。迷惑だった?」
「迷惑なんかじゃないけど、勘違いしそうになるというか……」
「え?」
「……今、この瞬間だけは僕を姫乃の恋人でいさせてくれる?」
「光忠?」
「今日はデートだね!かっこよく姫乃の恋人役を務めてみせるよ!」
「ぷっ!ふふふっ!光忠、気合い入りすぎよ。空回りしてしまっているよ」

でもまあ……今日はよろしくね、私の恋人さん。
なんて優しく微笑むから僕は空いてる方の手で顔を隠しながら、繋いだ手をきゅっと握り直すことしかできなかった。



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