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天使と堕天使


それは突然だった。

「蒼依ちゃんが帰ってきた」

翌日の入学式に備えのんびりしていた私のケータイに届いたルカからのメール。
そのあとには明日の朝にコウも一緒に3人で蒼依ちゃんの家まで迎えに行こうと書かれていた。

「了解、っと」

それだけ返すとケータイを置いた。そして、本棚の1番端からアルバムを取り出した。
1人暮らしを始めるにあたってほとんどの荷物はまだ実家に置いたままになっているけれど、唯一生活する上で必要ではないと言えば語弊があるかもしれないが、それほど重要ではないアルバムを持ち出したのはきっと私にとっての心の拠り所だったからかもしれない。
ぱらりと表紙を捲ればそこには幼い私と、同じく幼い幼なじみ3人の無邪気な笑顔があった。
どこかつらそうな表情をすることの多かったルカとコウのこんな笑顔は珍しくて、幼心にも印象深い1枚だと思って私はこのページの真ん中にこの1つだけを入れた。

「蒼依ちゃん、驚くだろうな……」

ぽつりとこぼれた言葉に私は小さく笑ってしまった。
あの頃とは私もルカもコウも変わってしまった。ううん、ひょっとしたらコウだけはあまり変わっていないかもしれない。

「いや、でもやっぱり変わったかな」

今度は言葉に出してクスクスと笑った。
何にせよ、明日が楽しみで仕方ない。


翌朝ーー……
何も言われなくともやはり彼らは私の家まで迎えにきた。

「おはよ朱音」
「おはよ、ルカ、コウ」

支度を終えて玄関を開ければ見馴れた金髪と黒い短髪の2人がいて。
柔らかい笑顔のルカとどこか機嫌が悪そうなコウは対称的で私はその2人の間に歩を進める。

「蒼依ちゃんは昔の家のまま?」
「そう。変わってたらやばかった」

少し楽しそうに話すルカはいつものように私の手を取ると歩き出す。
反対側の手で同じように歩き始めたコウの手を取ってみると、まるで珍獣を見るような目付きでこちらを振り返った。

「おい朱音。どういうことだコレ?」
「最後かもしれない3人の朝を満喫しようかと思って」
「いいね。コウ、朱音とが嫌なら俺と繋ぐ?」
「繋ぐかよ。ほらいくぞ。アイツが先に家出ちまったら元も子もねぇだろうがよ」

なんやかんや言い合いながら歩いていくコウとルカに手を引かれて懐かしい道を歩いていく。
懐かしいとは言っても実家の近くだからそんなにではないけれど、でもこうしてルカとコウと歩くのはとても久しぶりで嬉しかった。
紅城と書かれた表札の家を通りすぎて斜め向かいに目的地はあった。表札には宮森と書かれている。

「到着ー!」
「おい、あんま騒ぐなルカ」

はしゃぐルカとたしなめるコウ。何も変わらなかった、昔と。

「あっという間だね」

私の言葉に2人は何も言わなかった。
ある意味これは私たち3人の口癖のようなものだった。

「昔もこうやって話したね、蒼依ちゃんちの前で」
「だな」
「あのときは朱音の家からだったから、今よりもずっと近かったけどね」
「まあ、そうだけど。でも私たちが大きくなったからかな、今もそれくらいにしか感じなかった」

懐かしい。幼い私たちに戻ったような気がする。
でも、繋がれた温かい手も大きくて聴こえる声も低くて。ふと現実に戻される。
宮森蒼依ちゃん。それが私たちのもう1人の幼なじみの名前。蒼依ちゃんの引っ越しを境に連絡は取っていないけれど、なんとなく蒼依ちゃんは変わらないで綺麗なままなんだろうなと思う。
だからこそ、私は嬉しい反面、不安だった。私の側から2人がいなくなるような気がして。

「あ」

突然聴こえたふわっとした可愛らしい声に意識を引き戻される。

「ご、ごめんなさい!」

コウの肩越しに声が聴こえる。あー、やっぱりだ。すっとコウとルカの手を離した。

「って、あれ?昨日の……やっぱりルカくんなの?コウくんなの?」
「おう」
「おかえり蒼依ちゃん」
「じゃあ朱音ちゃんも!?」

ひょこっとコウとルカの間から顔を出したのは、昨日見たアルバムの写真の女の子をそのまま大きくした女の子だった。こぼれそうなほど大きな瞳を輝かせて、蒼依ちゃんは笑った。天真爛漫。これほどぴったりの言葉はない。

「久しぶり、蒼依ちゃん」

にこりと笑えば嬉しそうに私に飛び込んできた。ぎゅっと抱きつかれて思わず頭を撫でた。

「わあ、朱音ちゃんだ……迎えに来てくれて嬉しい!」
「ふふ。提案したのはルカだけどね」
「あ、ルカくんもコウくんもありがとう!」

満面の笑みで蒼依ちゃんがそう言えば自然と2人の表情が和らいでいた。
じっと睨むように見れば2人ともが苦笑いをした。

「ほら、入学式いこ」
「うん!」

蒼依ちゃんは私に腕を絡めて歩き始める。
前を歩くコウとルカは時々振り返りながら歩いていく。
私は蒼依ちゃんと話しているけれど、上の空だった。
楽しそうな蒼依ちゃんを見ていると、迎えに行ったのは失敗だったんじゃないのか?そう思えてきた。
私だけでも目立つのに、この2人が居ればもっと悪目立ちするのは明らかだった。蒼依ちゃんがどんな高校生活を望んでいるのかは知らないけれど、少なくとも期待に胸を膨らませているのは間違いないだろうから。
そう思ったときにはもう遅かった。目前には立派な校舎が。
校門には入学式の看板と、蒼依ちゃんと同じく初々しい、制服をぴっしりと着ている同級生らしい姿があった。



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