Vesperia | ナノ

どこか遠くに二人で逃げたい

 夜、なんとなく寝付けなくて、気分転換にと宿の外へ出る。すると薄暗い月明かりの中、ジュディスがいることに気付く。彼女が夜中に宿を抜け出していることはよくあるけれど、散歩(それが本当にただの散歩だったのかは別として)にも行かずにこうして宿の前で何もせずに立っているのは珍しい。

 ユーリは静かにその隣に立つ。ジュディスはユーリを一瞥すると、何も言わずに正面を向いてしまった。どうやら何か考え事をしているようで、彼女の長い睫毛がわずかに揺れる。ジュディスが悩み事を他人に話そうとしないのもいつものことなのだろう、とユーリは小さく息を吐いた。

「こんなところで何してんだ?」
「…少し、嫌な夢を見たの」
「夢?」
「ええ。エステルの力のせいで、世界が滅ぶ夢」

 ジュディスは言葉こそ普段通りだったが、その細い手を体の前でギュッと握り締めているのがわかった。ユーリは敢えて軽い調子で言葉を返す。

「そりゃ悪夢だな」
「そうね、悪夢だわ」

 ジュディスも小さく笑う。しかしすぐに辛そうな表情になって、「それが本当になる可能性もあるのよね」と呟いた。
 ユーリは何も言わない。ジュディスが言いたいことは、ユーリにもわかっている。“満月の子”であるエステルの力は、それほどまでにも凄まじいものなのだ。

 ユーリはそっとジュディスの肩を抱いた。冷たくて細い女の背中。ここに彼女が負ってきた全てを知っているわけではない。でも、僅かでも知っているほんの一部。それだけでも、もう十分だった。

 本人は何食わぬ顔をしていたけれど、エステルの力の影響が限界にきたら、彼女を殺す。そう言い放つことにどれだけの勇気と覚悟を要したかだなんて、そんなの考えるだけ無駄だ。

 ユーリはぎゅっとジュディスを引き寄せる。ジュディスは何も言わずに、されるがままになっていた。

「なあ、ジュディ…」
「なぁに?」
「責任とか、使命とか、そんなの全部捨てられたらいいのにな」
「それ、いい大人の言うことじゃないわね」
「悪い大人だからな」

 ジュディスはユーリの言葉にくすりと笑う。そして口元に笑みを残したまま「でも、」と呟いた。

「そうね。そんなことができたらいいのにね」

 そう言ったジュディスの表情には、そうあればいいと願っていると言うよりかは、そんなことは不可能だとわかりきっているような微かな嘲笑が含まれていた。


どこか遠くに二人で逃げたい
(そんなこと出来るはずもないのにね)



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ツイッターの診断メーカーのお題からでした!
つーたんリクありがとう!\(^O^)/


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