Vesperia | ナノ

tear drops

※現代学パロ


 ザアザアと、陰鬱な空気が広がる。外は雨が降っていて、俺の他には誰もいない教室は電気がついているにもかかわらず薄暗い。

 この雨はいつ止むのか。朝は気持ちのいいくらい晴れていたから、傘は持ってきていない。しかし昼から降り出した雨はなかなか止む気配がない。
 今日はなんだかやたら傘を持っている人が多かったから嫌な予感はしていたんだけど。朝、天気予報を見てこなかった自分を呪った。

 目の前にはテキストやプリントがどっさりと積まれている。先ほど、フレンがおっさんから預かって持ってきたものだ。
 フレンは「また来るから、それまでに終わらせておくんだよ」なんて言い残して生徒会の仕事に戻っていった。だいたい、おっさんも教室まで来る気がないなら補習をするなんて言い出すんじゃねえよ。

 一応開いてみたテキストも、数問解いたらやる気をなくした。こんな量、フレンやエステルみたいな病的に真面目なやつしか解け切れないんじゃないだろうか。

 溜息を吐いて窓の外に視線を移す。ここは二階だから、帰っていく生徒がよく見えた。パッと傘が開いて、歩いていく。一人で帰るやつや、数人で喋りながら帰るやつ。たまに恋人通しで相合傘をしているやつらもいた。これだけの人数がみな一様に同じ服を着ていると、いったい誰が同い年で誰が年下なのかもわからない。俺が三年だから、まさか俺より年上のやつはいないだろうけど。

 そのまましばらくぼうっと外を眺める。すると、無骨なビニール傘が広がる中、目を惹く鮮やかな紅がパッと開いた。
 思わず携帯を取り出して、すばやくメールを打つ。

“今帰り?”

 パタン、と携帯を閉じて再び窓の外に目を向けると、紅い傘が立ち止まり、振り向いた。ぴたりと目が合って、軽く手を振るとジュディはにこりと微笑んで手に持っていた自身の携帯に顔を向けた。
 ジュディが携帯を操作する姿は優雅であるけど、やはり今時の女子高生といったところか。文字を打つ細長い指は驚くべき速さで動いている。ジュディは、自分はそれほど携帯を使う方ではないからこれでも遅いくらいだと言っていたけど、それなら他の女子はどれほどの速度で文字を打てるのか、想像もつかない。

 すると不意に携帯の着信音が鳴る。カロルに設定された着信音は面倒だから変えていなかったけど、こう無人の場所で鳴ると少しうるさい。今度戻させよう。
 受信メールを開くと、なんの装飾もされていないシンプルな文面。

“ええ。さっきまで日直の仕事をしていたの
 あなたは?”

 無駄な絵文字や顔文字は一切使われていない、冷たいともとれるメール画面。でもそれが逆にジュディらしくて好感が持てる。

“ごくろうさん
 俺は今補習中”

“真面目なのね”

“真面目だったらそもそも補習なんてしてねえって
 これサボったらフレンがうるせえんだ”

“それもそうね、ごくろうさま”

“外、雨ひどいのか?”

“ええ。しばらくは止みそうにないもの”

 携帯画面から顔を上げて、ちらりと外を見る。紅い傘は律儀にもまだそこに立っていた。そのまま空を見上げると、相変わらずのドシャ降りで、なるほど確かにまだまだ雨は止みそうにない。

“俺、今日傘ないんだけど”

“あら、私も今日はこの傘しかないわよ。折りたたみ傘はリタに貸しちゃったの”

“その傘、一緒に入れてくんね?”

 そのまま送信ボタンを押そうとして、躊躇する。ジュディに限って断られることはないと思うんだけど。…いや、どうなんだ。ジュディは何を考えているかわからない時があるから、どちらの返事もありえそうだ。
 紅い傘が目に焼きつく。彼女の瞳と同じ、深く引き込まれるような紅。

「もうどうにでもなりやがれ」

 断られたら、その時はその時だ。当初の予定通りおとなしく濡れて帰るしかない。そう覚悟を決めつつ、送信ボタンを押した。
 そして携帯を机の上に置いて、足をぶらぶらと振る。解く気もないのにシャーペンを握り返して考えるふりをしてみた。ちらちらと時計を見て、時間を確かめる。まだあのメールを送ってから一分もたっていないというのに、メールの返信が来るまでの時間がひどく長く感じられた。

 すると、

ピーッ、ピーッ

耳障りな電子音が響く。まさかと思って携帯を開くと、そこには黒塗りの画面に「充電してください」の文字。

「まじかよ…」

 よりにもよってこのタイミングで。そういえば、昨日充電しておくのを忘れたんだった。そろそろジュディからの返信が来た頃だろうか。ジュディはなんて送ってきたんだろう。
 窓の外を見る。相変わらずそこに佇む紅。目の前にはまだまだ終わる気配のない課題の山。

 一瞬迷ってから、急いで荷物をまとめて教室を出る。課題はどうせ家でもやらないだろうから机の上に放置しておいた。階段を駆け下りて、玄関でまともに靴も履かずに踵を踏んだまま走った。
 そしてやっぱりまだそこにいた紅い傘に飛び込む。

「ジュディ、悪い。携帯、電池なくなった…!」
「あら、補習はもういいの? フレンがうるさいんじゃなかったかしら」
「いいんだよ。どうせ先生はおっさんだし。フレンには…まあ、適当に言っとくさ」

 ジュディは俺が靴を履き終わるのを待ってから歩き出した。俺も移動する紅い傘に合わせて歩く。

「でもちょうどよかったわ」
「ん?」
「さっき、メールで“今すぐ降りてこないと置いていくわよ”って送ったの」
「そりゃ、ラッキーだったな」

 補習をサボった罪悪感も少しはあったんだけど、そんなことも気にならなくなってさっきの自分の判断に感謝した。

 ジュディの家は俺の家よりも遠い。だけどそんなに距離が離れているわけじゃないし、もう暗いからジュディの家まで送っていった。少しでもこの、とりとめのない会話をしながらの相合傘を堪能していたかったというのもあるんだけど。

 ジュディの家の前についた頃には、雨は随分と小降りになっていた。俺の家までは走っても十分はかかるから、少し濡れるのは我慢しなくちゃならないけど別にいけない距離ではない。
 そう思ってジュディに別れを告げようとすると、ジュディにあの紅い傘を差し出された。

「まだ雨も続きそうだし、貸してあげるわ」
「え、でも傘はこれしかないんだろ? 明日の朝に降ってたらジュディが困るんじゃないか?」
「家にはまた別のものがあるもの」

 ああ、なるほど。俺はありがたく傘を借りて「じゃ、またな」とだけ言ってジュディの家を後にした。傘は明日、朝一で返しにいこう。

 家につくやいなや、俺は携帯に充電器を差し込んだ。もう今晩はずっと差したままにしておこう。
 携帯の電源を入れると、二通のメールを受信した。一通はフレンから。結局補習をサボったことへのお咎めメールだ。窓の外を見ると、隣の家のフレンの部屋にはまだ電気がついていない。これは帰ってきたら説教かな。
 もう一通は、あの時受信できなかったジュディからのもの。本文を確認すると、思わず力が抜けた。

「まじかよ…」

 そこには“待っているから、早く補習を終わらせてきてね”という文字。今すぐ降りてこないと帰るんじゃなかったのか。もう本当にジュディには適わない、と苦笑した。



tear drops
(ユーリ! いるんだろう!)
(ゲッ、もう帰ってきやがったか)





――――――――――

なんとなく傘と携帯の電池切れが書きたかったんです(^q^)


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