◎ あなたは今、しあわせですか
どかりと床に腰を下ろしたレイヴンの胸に、張り付くようにしてエステルは身を寄せた。
レイヴンの左胸に耳をつければ、服の上からでも硬い "何か" があることがわかる。
「…レイヴンの鼓動が聞こえます」
心地好さそうにうっとりとした声で呟くエステルに、レイヴンは微かに皮肉を混ぜた笑みを浮かべる。
「鼓動ったって、そりゃ嬢ちゃん、ただの心臓魔導器の稼動音でしょうに」
魔導器は静かで、今のエステルのように耳を近付けてようやく聞こえるようなものだ。かれこれ十年は本物の心臓に触れてこなかったが、それでもその鼓動の音は魔導器のそれよりは大きかったとわかる。こんなもの、とてもじゃないけど鼓動とは言えない。
呆れたように投げやりに言ったレイヴンに、エステルは表情を変えずにゆっくりと首を振ってみせた。
「いいえ、鼓動です。レイヴンの心臓がレイヴンのために動いて、レイヴンが生きている、レイヴンの生命の音です」
「……」
エステルの言葉に、驚愕する。今までこの心臓魔導器をそんな風に考えたことなどなかった。本来死んだ筈の命を、望んでもいないのに無理やりこの世に繋ぎ止めた機械。
それが、それこそが、自分の "心臓" だなんて。
「レイヴンの心臓は、とても暖かくて、すごく安心します」
あたたかいのは嬢ちゃんの方だ、なんて、そんな言葉は鼻の奥のつんとした痛みに阻まれた。
頬を伝う冷たい液体が自身の涙だということに気付いたのは、こちらを見上げたエステルの心配そうな顔を見た時だった。レイヴンの頬から零れ落ちた水滴が、今度はエステルの頬を濡らす。
「どうしたんです? 私、なにか酷いこと言いました?」
「いや、……違、う」
油断していると思わず漏れそうになる嗚咽をこらえながら、レイヴンはなんとかエステルを安心させようと首を振った。
突然の涙に対する弁解をしようとしても、言葉は何も出てこなくて代わりに涙だけがなおもぽろぽろと溢れる。
そんなレイヴンを見て、エステルは何も言わずにレイヴンを抱きしめた。左胸の心臓魔導器ごと彼を包み込むように、ぎゅっと腕に力を込める。
「っ、嬢ちゃん…?」
「私は…、レイヴンがこれまでに数えきれない程の辛い思いをしてきたことを知っています」
いつしかエステルの頬を濡らす涙は、彼女自身のものになっていた。
「それでも私は、レイヴンと出会えてよかった。レイヴンが生きていてくれてよかった。そう思うんです」
それは、レイヴンも同じだ。ダミュロンとして、シュヴァーンとして、レイヴンとして、生きてきた。"ダミュロン" が死んでからの十年は、生きる意味すら失っていた。
でも、ドン・ホワイトホースやユーリ達、エステルに出会えたから、レイヴンは今ここでこうして生きている。出会えてよかった、なんて、それはレイヴンの方だ。
エステルはさらにレイヴンを抱きしめる力を強めた。だけどそれは、まるで何かに縋りつくようなひどく弱々しいものだった。
レイヴンは思わず、エステルを抱きしめた。強く、強く、だけど彼女を壊してしまわないように。涙なんてもうどうでもよかった。
しばらくお互いに抱きしめて、抱き合って、思い切り泣いて。
エステルはあの優しくてやわらかい笑顔でレイヴンに囁いた。
「ねえ、レイヴン───」
あなたは今、しあわせですか
――――――――――
title:電子レンジ
虚空の仮面読んだよ記念!
ものすごくエステルの口調が迷子です(´^ω^`)
レイヴンには幸せになってもらいたいですね!
きっとキャナリさんとイエガーはあの世でらぶらぶなので安心してしあわせになってね!
10/27
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