「すき」って証明

「聖母……うんうん、そうなんだよね。まさに聖母なんだよね」
「何が」

 ノーマはそう一人で納得したかと思えばセネルの出したパンに噛りついた。突然家に押しかけてきたかと思えばこれだ。セネルは呆れつつも窯を確認して次のパンが焼けあがるのを待つ。

「聖母…まさにぴったりだよ。これ以上聖母という言葉が似合う人なんてこの世にいないって言ってもいいくらいだよね」
「だから、何が」
「何って、そんなのグー姉さんのことに決まってるじゃん!」

 パンを頬張ったまま叫ぶもんだから、口から唾とかパンくずとかが飛び散りそうだ。いや、もしかしたらもう手遅れかもしれない。
 まあ、半ばそうだろうと予測はついていた。基本いつも誰かをからかってばかりのノーマがこんな風になるのなんて、良くも悪くもあの人だけなのだろうと思う。
 ここまできたらもうノーマの話、というかもはや愚痴のようなものの内容もある程度予測はつくのだけど、あえてセネルは聞き返す。視線だけはじっと窯の中へ向けて、パンの焼き加減を見ている。

「グリューネさんがどうしたんだ?」
「だって、あのグー姉さんだよ? あの、誰にでも優しくて、誰にでも愛情を持てて、いつでもどこでものほほ〜ん、な、グー姉さんだよ!?」

 ノーマは今にも泣きだしそうな声で次々とパンをがっついていく。パン作りにはだいたい発酵という工程が不可欠で、それにはかなりの時間を要する。パンひとつ作るにしても、何時間も何時間もかかるのだ。しかしそんなことおかまいなしにパンはあっけなくノーマの口に消えていく。今度彼女が来た時にはベーグルを出そう、とセネルは心の中で誓う。あれは発酵させずに生地を茹でて焼くだけだから、他のパンに比べたらそれほど時間はかからない。

「グリューネさんは、最初からそんなだったろ」
「わかってるよ! グー姉さんは今までもこれからも、ず〜っとそんなだし、だからこそのグー姉さんなんだってことくらい、わかってるよ」

 セネルはノーマの言葉を聞きながらも、やはり意識は窯に向けていた。だいたい、こういう個人的な感情は他人が何と口出ししようが無駄なのだ。本人には本人にしか通じない意志があって、他人にどう言われようが折れないどころか逆にその意志を貫ぬこうとする。だからこういう時には、ただ黙って聞いて、発散させてやればいい。幸いノーマは他の誰かに八つ当たりすることもなく、自棄食いしているだけなのだし。

「でもさ〜、だから、不安なんだよ。いくらあたしがグー姉さんのことを好きでも、グー姉さんのあたしに対する好きは、他のみんなに対する好きと同じなんじゃないかって」
「……もうそろそろだろ」

 セネルは窯の扉を開けた。ほくほくとした熱風とともに、香ばしい匂いが漂ってくる。手際よく天板を取り出すと美味しそうなマーボーカレーパンが出来上がっていた。

 確かに、ノーマの言うこともわからなくはない。誰にでも同じ態度をとっていると、誰か特別な人なんていないんじゃないかと思うこともある。けど、ノーマとグリューネさんは別だ、とセネルは思う。

 グリューネさんは誇張などではなく、本当に笑顔を絶やすことがない。彼女と行動を共にするようになってからいろんなことがあったけど、それでも仲間内の誰も、グリューネさんの笑顔以外の表情を見たことがないんじゃないだろうか。

 そんなグリューネさんだけど、みんなに向ける笑顔と、ノーマに向ける笑顔はなんとなく違う。セネルが気付いているくらいだからはた目から見るとそれほどわかりやすいのだろう。特にそれが不快なわけではなく、ただ、ああ好きなんだなあと思える。たぶん、肝心の本人たちだけがそのことに気付いていないんだろうけど。

「グリューネさんはちゃんとノーマのこと、好きだと思うぞ」
「なんでそんなこと言えるのよ〜」

 ノーマは疑うようなじと目でセネルを見つめる。先ほど焼いたマーボーカレーパンに手をつけていないのは、たぶんまだ熱いからという理由。

「ノーマは気付いてないかもしれないが、グリューネさんはノーマといる時は雰囲気が違うんだ。優しいというか、柔らかいというか……グリューネさんがノーマに向ける笑顔は、すごく幸せそうだぞ」
「、え………」

 セネルがそう言うと、ノーマは持っていたマフィンをぽろりと落とした。後でどうやって床を掃除させようか、なんてセネルが思う暇もなく、ノーマの顔はみるみる赤く染まっていく。

 珍しいこともあるもんだな、なんて思って見ていると、ノーマはいそいそとマフィンを拾って気まずそうに目線を反らしながらまた口に含み始めた。もそもそと食べているせいか、そのスピードは先ほどよりもだいぶ落ちている。

 ふいに、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。いろんな思いがぐるぐると頭の中を駆け巡っているノーマはその音に気付いた様子はない。誰だろうとセネルが立ち上がってドアを少し開けてみると、そこに立っていた人物に納得した。

「ノーマ」
「なによ〜…」
「迎えが来たぞ」
「迎え…?」

 少し体をずらしてノーマにもドアの外が見えるようにしてやれば、彼女にしては予想外の来訪者だったようでノーマは再びマフィンをぽろりと落として目を見開いた。

「ぐ、グー姉さん!」
「ノーマちゃんがなかなか帰ってこないから、お姉さん心配で探しに来ちゃったわよぉ」
「グー姉さんが? あたしを、探しに?」
「そうよぉ」

 ノーマは今度は落ちたマフィンを拾うことはせずに、ばたばたと騒々しく立ち上がってグリューネさんに飛び付いた。

「グー姉さ〜ん!!」
「あらぁ、よしよし」

 グリューネさんは一層笑顔を深くしてノーマを撫でている。ノーマもグリューネさんも幸せそうで、これならもう心配はいらないだろうと思う。

「ハァ」

 セネルはノーマの食べ散らかした後片付けのことを考えて、軽く溜息を吐いた。


「すき」って証明
(そんなのわかるわけないじゃん!)




――――――――――

グー姉さんのこと好きすぎてどうしようもないノーマちゃんが書きたかったんです(^q^)
あとなんかしんみりした雰囲気の!


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