走りだす少女の双眸に宿る希望と祝福

 水の民と陸の民の争いは、一応は終結の形となった。いまだお互いに気まずさは残るものの、共に歩んでいこうと、そう決めたから。

 そして私は水の民の外交官になった。私がメルネスという立場であることと、私自身の希望でもある。

 今まで私は、守られてばかりだったから。本来メルネスとして水の民を守る立場である私が、その立場が原因で守られてばかりだった。
 お姉ちゃんに、お兄ちゃん。クロエさんやウィルさんといった仲間たち。そして、フェニモール。


 私は水の民の里を出た。するとすぐに結界によって里は見えなくなる。里のある湖を背に、一歩一歩森のなかを歩く。
 今日は私の外交官としての初めての仕事。ウェルテスに行き、ミュゼットさんに謝礼、そして改めて同盟の調停を。


 まだ里を出たばかりだというのに心拍数が増す。胃がムカムカしてきて、吐き気がしてきた。
 私は思わず地面に蹲っていた。自分の意志を無視してガタガタと震える肩を、両手で強く抱く。だけどそれでも震えは収まらない。

「だいじょうぶ…大丈夫…。落ち着け、私。落ち着いて…!」

 今日は大事な日なのに。こんなところで立ち止まっている場合じゃないのに!

(私はメルネスなんだから…。私の力は、みんなを幸せにするためのもの。メルネスの役目を果たさなきゃ)

 理由なんてないのになんだか無性に苦しくって、寂しくって、怖くって、悲しくって。あぁ、そういえば前にもこんな気持ちになったこと、あったな。
 たしか、二度目の託宣の儀式の前。お兄ちゃんに告白しようとして、でも好きって言葉すら言わせてもらえなくって。

 でも、あの時はフェニモールがいた。私の、初めての友達。
 ねぇ、どうして? どうしていないの、フェニモール。

(……それは、)

 それは、私のせいだ。私がもっとしっかりしていれば、あんなことにはならなかったはずだ。お姉ちゃんも、フェニモールも、ワルターさんも、みんなみんな死ななかったはずだ。

 私がちゃんとしていれば、フェニモールがここに残ることなく故郷に帰っていて、私を守るなんてことはなかったし、そもそも滄我砲がガドリアに撃たれることもなかった。そうすればお姉ちゃんも力を使い果たすなんてことなかっただろう。みんな、幸せに生きていられたはずだ。

 そう、元を辿ればぜんぶ、私のせい。

「ごめ……っ、なさ…、ごめん、なさ…い………」

 肩の震えは収まるどころか全身の震えになって、苦しさが増す。私はただただ涙を流しながら自分を抱きしめることしかできなかった。

 なにがメルネスだ。なにが水の民の指導者だ! 私はこんなにも無力で、弱くて、水の民を苦しめているのは陸の民なんかじゃない。私自身じゃないか!

「フェニ、モー……ル」

 ごめんね、私の友達。せっかく友達になってくれたのに、きっと後悔したよね。ごめん、ごめんなさい。

「……シャーリィ?」
「…!?」

 ふと聞こえた、声。今一番聞きたくて、でももう二度と聞くことはないと、そう思っていた声。
 地面に蹲ったまま顔だけをあげると、そこには──

「フェニモール……?」
「他に誰がいるのよ。もう、酷い顔しちゃって」

 顔を袖でごしごしと擦る。何度見てもこの声、この顔、この服、やっぱりフェニモールだ。

「どう、して…?」
「あんたがあまりにも情けないからよ。もう、しっかりしなさいよね」
「だって! フェニモールは…私のせいで……」
「あんた、そんな風に思ってたの? 検討違いにも程があるわ」
「え…?」

 フェニモールは呆れたようにそう言ったかと思えば、私の前に膝をついた。そして私の鼻を思いっきりつまむ。

「いたた…いたいよ、フェニモール」
「いい? 私は、私の意志でシャーリィを守ったの。それをあんたが気にする必要なんてないわよ」
「でも…」
「それに、今さらそんなことを言ったってもうどうしようもないでしょう」
「………」

 そう、だよね。やっぱりフェニモールも怒ってるよね。わかっていたことのハズなのに、じわりと涙が滲む。

「ああ、もう。いちいちそんな顔しないの」
「……ごめんなさい」
「あんたが後悔したって、過去の出来事がなくなるわけじゃないんだから。今あんたにできることは、幸せに生きることよ」
「え?」
「たくさんの犠牲があって、今がある。なら、今生きている人たちが幸せにならなきゃ。そうじゃないと、ねえ…私だって浮かばれないわ」

 フェニモールの言うことも、もっともだ。しっかりしなきゃ。私の力はみんなを幸せにする力。自分を幸せにできない人が、みんなを幸せになんてできない、って前にフェニモールに言われたじゃない。

「うん…、そうだよね。私が頑張らなきゃだよね」
「そうそう」

 いつの間にか肩の震えは収まっていて、苦しいのもなくなった。
 私はマウリッツさんから預かった書状をしっかりと握りなおして、ゆっくりと立ち上がった。

 もう、大丈夫。

「ありがとう、フェニモール。私、行かなきゃ」
「うん。大丈夫よ、私がついているんだもの。私の誠名は "祝福" 。そうでしょう?」
「うん!」


 そして私は駆け出した。森を出たすぐそこにあるダクスに乗って、ウェルテスへ。



走りだす少女の
双眸に宿る希望祝福








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