ファミリア

 噴水広場に依頼された情報を記した手紙を置いて、今日の仕事は終わり。新しい仕事の依頼もなかったし、キュッポたちにホタテクレープでも買っていこうかな、なんて思っていると──

「だ〜も〜! 早く行きなさいよ〜!」
「な、なんでハティがアイツのところなんかに…」

 騒々しい叫び声。考えなくてもこれが誰なのかわかってしまう自分が悲しい。
 どうやらウィルさんの家の方から聞こえてくるようで、曲がり角からこっそり様子を窺ってみる。すると予想通りというかなんというか…とにかく、そこではノーマさんとハリエットさんが言い争いをしていた。

 軽くため息をついてからその光景に背を向けると、

「あ、ジェイくん!」

 しまった見つかった。

 あのバカでかい声のせいで周囲にはにわかに人が集まっている。このままでは近所迷惑だと訴えられかねないし、見つかった以上このまま帰るわけには行かないだろう。

「で? こんな公衆の面前であなたたちは何をやっているんです?」
「だってノーマが…」
「ノーマさん?」

 ノーマさんの方を見ると、あからさまに目が泳いでいる。そのまま細い目で見つめ続けていたら、ノーマさんは観念したように口を開いた。

「あっちの方にさ、親子がいたんだよ。女の子がお父さんにおんぶしてもらってんの。それをハッちがうらやましそ〜に見てたから、ハッちもウィルッちのとこ行ってきなよって言ってたんだけど…」
「べ、別にハティはうらやましそうに見てなんか…」
「なるほど」

 要するに、ノーマさんはいつものお節介、ハリエットさんもまたいつもの意地っ張り。そしてあの言い争い、と。

「そんな意地はらなくてもさ〜」
「だから、なんでハティがそんなことしなくちゃいけないのよ」
「親に甘えるのは子どもの義務でしょ〜」
「知らないわよ」
「ぜったい、ウィルッちも喜ぶって!」
「アイツのことなんて…」
「子どもの義務云々はともかく、ウィルさんが喜ぶのは確かですね」

 このまま放置していたらまた言い争いに発展しかねないので口を挟む。

「いきなりおんぶは無理でも、休日に一緒に過ごすくらいならいいんじゃないですか?」
「むー…」

 ハリエットさんは少し考え込むように唸ってから、家の方へ目を向けた。おそらくウィルさんは家にいるのだろう。

「まぁ、ジェイくんがそう言うなら行ってやってもいいわ」
「あたしはどうなんだ!」
「それじゃまたね、ジェイくん」
「無視するな〜!」

 ノーマさんを完全に無視したままハリエットさんは帰ってしまった。
 ノーマさんはしばらく腕をぶんぶん振り回したり、歯を見せたりして怒っていたようだけど、ふいにウィルさんの家を眺めて微笑んだ。

「……で、どうしたんですか」
「え、なにが?」

 呆れつつも聞くと、彼女はとぼけているのか本気でわかっていないのか、笑顔のまま聞き返してきた。

「親に甘えるのは子どもの義務だとかなんとか、あんなバカみたいな大声を出してまでハリエットさんをウィルさんに甘えさせたかったのには、なにか理由があるんでしょう?」
「……」

 そう指摘してやれば、表情に僅かに影を落として俯き黙る。やはり前者の方だったようだ。

 そのまま黙って待っていると、ノーマさんはぽつりぽつりと話しはじめた。

「あたしの両親ってさ、昔っからい〜っつもケンカしてたんだよ。もちろん、最初はちゃんと愛し合ってたんだろうし、あたしが物心ついたばかりの頃は、ちゃんと愛してもらった記憶も少しはあるよ」

 物心ついたばかりの頃は。少しは。つまりそれは、きっと彼女の人生の半分にも満たないということ。

「でも、それだけ。家族で一緒に出かけたことも、遊んだことも、あたしの記憶にはないんだよ。玄関でちょっと写真を撮るような、そんな一瞬のこと」

 今思い返すとその一瞬がシアワセだったんだけどね、なんて笑った彼女は、笑顔を作ることに失敗していた。

「だからあたしは、いくら甘えたくてもできなくてさ〜。もちろん、今後ウィルッちとハッちの関係になにか起こるなんて思わないけど、後で後悔するよりはいいじゃん」

 彼女の言うことは、なんとなく、わかるような気がした。僕も同じだったから。でも、

(僕にははじめからいなかったけど、ノーマさんにはいた)

 それはどれだけ辛いことなんだろう。人生の半分以上、親に愛されなかった彼女。逆にいえば、それ以外は親に愛されていた彼女。
 目の前にいて、愛されていた記憶があって、なお届かない。手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、その声は届かない。見てもらえない。もう "家族" と呼べないほどに壊れた関係を目の前で見せ付けられるのは、どれだけ残酷なことなんだろう。

(はじめからいなければ、諦めもついたのに)

 きっと、僕のように。両親の愛を覚えていなければ、今ノーマさんが震えることもなかったのに。


 おかえり。ただいま。おはよう。おやすみ。ありがとう。
 そんな言葉を知ったのは、確かキュッポたちと出会ってからだったと思う。そのあたたかい言葉を知りながらも、ノーマさんが使っていたのはきっとスヴェンさんといた時だけ。それならば、

「行きますよ」
「え?」

 きょとんとした彼女の手を軽くひいて、ダクトに向かって歩きだす。

「今日はキュッポたちがホタテシチューを作ってくれているんです。どうせたくさんあるだろうから、ノーマさんも食べていきませんか?」
「…! うん、食べる!」

 少し…いや、かなり気恥ずかしかったけど、そう誘ってみるとノーマさんはきらきらとした笑顔を作った。

 彼女をひく手を離そうとすると、同時にノーマさんが僕の手を握る。驚いたけど、ちらりと彼女の顔を一瞥するとまだしあわせそうににこにこ笑っていたから、その手を離すことは気が引けて、その代わり僕もノーマさんのあたたかい手をぎゅっと握り返した。



ファミリア
家族のようなあたたかさを、きみに。



――――――――――

ジェイの心情を知らない野次馬から見たらこいつらただのリア充である\(^q^)/笑
もう無自覚リア充かわいいよ!

家族みたいなレジェパーティは大好きだけど、なんとなくパーティはやっぱり仲間、って感じだよなぁとか思ったり。仲間が前提の家族、みたいな? わけわからん(
でもそういう意味ではやっぱレジェパーティよりジェイのモフモフ族の関係の方が家族に近いんじゃないかなーとかそんな結局意味不明なことを思ったのでした(・ω・)


10/03



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