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『あたし、大陸に戻るね』

 そう言ってノーマさんが遺跡船から出ていったのは、二年前。現在休校扱いになっている上級学校に復学して、きちんと卒業してくるつもりらしい。
 別に、いつかそうなることはわかっていた。スヴェンさんに入学させてもらって、遺跡船に来てからもザマランさんに休校として在学させてもらっていた。ノーマさんが、退学なんてする筈はないと。
 それに、たったの二年間だ。予想していた期間よりはるかに短いし、二年間なんてすぐに過ぎる。そう思っていたんだけど。

 彼女のいない二年が、何故か酷く長く感じられた。


 ──明日の朝遺跡船に帰るから、内海港までお出迎えよろしく〜!

 ノーマさんからそう連絡が来たのは、昨日の夜のこと。僕は内海港で海を眺めていた。船の到着予定時間は九時頃だから、もうすぐ着くはずだ。水平線近くまで目をやると、小さな黒い天がこちらに向かって来ていた。あれがノーマさんの乗っている船なのかもしれない。

(だいたい、帰ってくる前日に迎えに来いだなんて急すぎるんですよ)

 彼女に会える、という嬉しさにはひとまず気付かないフリをして、このために残してきてしまった仕事のことを考えて軽く溜め息をつく。
 今日は徹夜だな、なんて考えながら、それでも悪い気はしないのだから自分のことながら質が悪い。

 やはり先程の黒い点は船だったようで、しばらくぼーっとしているうちに段々形が見えてきて、やがて時間どおりに港に着いた。
 他に船はないから、ノーマさんもこれに乗っているはずだ。ぱらぱらと疎らに降りてくる乗船客を見回して、あの目立つ黄色い姿を探す。すると、

「あ、ジェージェー! 久しぶり〜」

 あまりにも聞き慣れた、そして聞き焦がれていた、酷く懐かしい声。思わず綻んでしまう口元を無理やり伸ばして声のした方を振り返る。しかしその姿は僕の知っているものではなくて。

「、ノーマさん…?」

 驚きのあまり不自然に上ずった声が出る。大きなトランクを持ったノーマさんは顔こそ変わっていなかったものの、その姿は僕の知っているものとは程遠い。

 まず、頭。彼女のトレードマークとも言えた大きな黄色いボンボンがない。それに、少し伸びた茶色の柔らかい髪の毛も、無造作に跳ねさせていたあの頃とは違い今はきちんと押さえ付けられている。
 あの派手な黄色いトレジャースーツも、今は地味な色合いだけど清楚なワンピースになっていた。二年前と変わらないのは唯一、彼女が肩からさげた紫色のポシェットだけだ。

「…随分と、見違えりましたね」
「あ〜、この格好? 学校の卒業式が終わって、そのまま来ちゃった」

 ということは、この服は学校の制服なのか。上級学校に相応しいデザインで、なるほどノーマさんも学生だったんだな、といまさらのように実感する。
 ノーマさんは「ザマランのジジィに、卒業式だからって無理やり髪の毛押さえ込まれてさ〜」と悪態をついてから、僕の方をじっと見て、嬉しそうに笑った。

「ジェージェーはなぁんにも変わってないね〜」
「二年くらいで、そうそう変わったりしませんよ」

 ノーマさんがぴょんっと僕の方へ軽くジャンプして、距離が縮まる。紫色のポシェットもそれに合わせて飛び跳ねた。

「…あれ?」
「?」

 不意に発せられた彼女の間抜けな疑問符。そして僕は気付いてしまった。

 思わず地面を見渡す。港として整備されたこの場所は、平地で坂道にはなっていない。もう一度ノーマさんの顔を見る。…気のせいなんかじゃない。
 以前は見上げるだけだった彼女を、今はほんの僅かな差ではあるけど、見下ろしている。

「ジェージェー、背、伸びたね」

 よかったじゃん、と笑う彼女の上目遣いが新鮮で、可愛いと思ったのは内緒。

「あ〜、もう疲れた〜!」
「それなら、早く宿に行きましょう」
「そだね〜。明日にはみんなに会えるんだし」

 明日はみんなでセネルさんの家に集まることになっている。もちろん、言い出しっぺはノーマさんでみんなに呼び掛けたのは僕だ。

 ノーマさんのトランクを引いて、二人で歩く。最初に彼女を見たときは、なんだかすごく大人になったみたいで、いつまでも変わらない僕はひどく小さく感じた。
 でも、今は彼女より少しだけ高い位置にいる。たったそれだけの些細なことだし、いくら身長が伸びたと言ってもモーゼスさんはおろかセネルさんにすら勝てていないんだけど、それでもただ嬉しかった。

「ノーマさんこそ、何も変わっていませんね」
「なんか言った?」
「いえ、何も」

 二年前とまったく同じ、ノーマさんの明るい声と快活な雰囲気。そしてそれに居心地の良さを感じて、僕はそっと微笑んだ。



「ん〜、この安っぽいベッド、久しぶり〜!!」

 宿に行って受け付けを済ませるなり(主人の顔がトラブルメーカーの再来で若干引きつったのは言うまでもない)、ノーマさんは客室のベッドにぼふんっと飛び乗った。

「そんなことを言っていると怒られますよ」

 軽く呆れつつもノーマさんのトランクをベッドの傍らに置く。ノーマさんはどうせなら中身も片付けて〜、なんてだらけながら言ってきたけど、全力で遠慮しておく。

「それでは、僕はこれで」
「え、もう帰んの?」

 部屋を出ようとしたら、ノーマさんが寝転がったまま本気でわからないといったように聞いてきた。

「もうって、僕ができることはもうないでしょう? あなたもそのまま寝てしまいそうですし」
「なにお〜う、まだ寝ないもん」

 そう言うやいなや、ノーマさんは大きな欠伸をした。子供か。

「ノーマさんも疲れているでしょうし、寝てください。どうせ明日にはまた会えるんですから」
「む〜…」

 寝呆けているのか、その様子はあの頃から二歳成長したどころか逆に二歳子供になったみたいだ。久しぶりの再会だというのに、そんな雰囲気なんて少しもなくて相変わらずだなあ、と思う。

「あ、そうだ。ジェージェー」

 すると、ノーマさんは何かを思い出したかのように手招きをした。わけもわからずベッドの横まで寄る。

「ジェージェー、ただいま」
「…!」

 なんの前触れもなく、大人びた笑顔でそう言うもんだから一瞬言葉が出なくなる。

「……おかえり」

 なんとかそう返したら、いっそう深くなった彼女の笑顔は大人びてはいるけどやっぱり二年前と何も変わらない笑顔で。
 なんだかよくわからない安心感で、思わず口元が綻んだ。



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