◎ とあるジャックオランタンの陰謀
〜とあるお姉さんの場合〜
「「トリックオアトリート!!」」
「あらぁ、楽しそうねえ」
いきなりの訪問にもかかわらず、グリューネさんは特に驚いた様子もなくいつものように笑ってみせた。
「グー姉さん、お菓子ちょ〜だい!」
「そうねぇ…」
グリューネさんはいつも武器として使っている壺をごそごそとまさぐりはじめた。すると捜し物を見つけたのか、嬉しそうに笑う。
「あったわよぉ。はい、どうぞ、ノーマちゃん」
「お〜、キャンディだ!」
「なして壺の中に入れとったんじゃ?」
「どうしてかしら?」
「………」
この人はキャンディに限らず、なんでも壺から出してしまいそうだ。そういえば一度、グリューネさんの壺から魔物が出てきたことがあったな、なんてことを思い出す。
「それじゃ、ありがと! グー姉さん」
「どういたしまして。モーゼスちゃんとジェイちゃんも、気を付けてねぇ」
【treat:キャンディ】
〜とある騎士の場合〜
「「トリックオアトリート!!」」
「キャァァァァァ!!」
「………」
病院でクロエさんが借りている病室の扉を開けるなり、ノーマさんとモーゼスさんが大声で叫んだ。この悲鳴は驚いたクロエさんのものだ。
「ななななななんだ!?」
「やっほ〜、クー!」
「ハッピーハロウィンじゃ、クっちゃん!」
「ノーマにシャンドルか…!」
楽しそうに騒いでいる三人の後ろで、その様子を見る。どうして僕まで連れてこられたのか未だに全くわからない。というか、今はエルザさんとオルコットさんしかいないとは言えここは病院だ。もう少し静かにできないのか。
「ハロウィン…ああ、ちょうどエルザと食べていたものの残りがあったんだ」
「わ〜、クッキーじゃん! ありがとね、クー!」
【treat:クッキー】
〜とある親子の場合〜
「「トリックオアトリート!!」」
「もう少し静かにせんか! 時間帯を考えろ!」
ゴツ、ゴツン。
声量が大きすぎて、ウィルさんの拳骨が落ちる。激痛のあまり二人とも頭を押さえてうなり声をあげているけど、自業自得だ。
すると家の奥からハリエットさんが出てきた。
「あ、ノーマにモーゼスくん! あとジェイくんもいるのね!」
「オウ、嬢ちゃん。トリックオアトリートじゃ!」
「モーゼス、子供相手にたかるな!」
ガツンッ。
さっきよりも大きな音が響いた。相当痛かったようで、モーゼスさんは声も出せずに地面を転がり回っている。
「ちょっとパパ! やめなさいよ!」
「いや、しかしハリエット…」
「もう! ノーマ、お菓子ならたくさんあるから持っていってちょうだい」
「え、いいの?」
するとハリエットさんは部屋から数種類のお菓子が入った小さなバスケットを持ってきた。バスケットはかぼちゃの形になっていて、ハロウィン用のものとわかる。
「パパが買いすぎて処理に困ってたの」
「お、俺はハリエットのために…」
「量が多いのよ! パパはハティを太らせたいの?」
「そういうわけでは…」
「そ、そんじゃありがたく貰ってくね〜。ありがと、ハっちにウィルっち」
またいつもの親子喧嘩が始まりそうだったので、バスケットだけ貰ってそそくさとウィルさんの家を後にした。
【treat:ハロウィンバスケット】
〜とある兄妹の場合〜
「「トリックオアトリート!!」」
「あ、三人ともいらっしゃい」
セネルさんの家から出てきたのは予想に反してシャーリィさんだった。
「あれ? リッちゃん、来てたんだ」
「うん、ちょうど外交官の仕事で街に来てたから」
「セの字はどがあしたんじゃ?」
「お兄ちゃんなら中にいますよ」
シャーリィさんが呼ぶとセネルさんも外に出てきた。一瞬、セネルさんと目が合う。
「……ジェイも大変だな」
「…まったくですよ」
僕の格好を見てだいたいの状況を察してくれたのか、セネルさんはそんなことを言った。
むしろクロエさんやウィルさん達は僕を見て何も思わなかったのだろうか。
「よ〜し、セネセネ、トリックオアトリート!」
「お菓子か…」
そういえば、今日はたまたまシャーリィさんがいると言ってもセネルさんは一人暮らしだ。お菓子なんて置いていないだろう。
僕はこうして変な格好をさせられて連れてこられたけどもう回るところはないはずだし、セネルさんへのいたずらはどうするんだろう。
「ああ、今焼いたパンがあったな」
「え、」
そう言ってセネルさんは焼きたてのプリンパンと魚鍋パンを持ってきた。
「おお、うまそうじゃの! さすがセの字じゃ!」
「シャーリィと一緒に作ったんだ」
「やった〜! ありがと〜、セネセネ! リッちゃん!」
「………」
パンってアリだったのか。それならば僕も机に並んでいたホタテクレープでも与えておけばよかったのかもしれない。
そしたらこんな馬鹿らしい格好で街中を歩かされることもなかったのに。そもそも、ノーマさんとモーゼスさんは顔が隠れているのにどうして僕だけ丸見えなんだ。何から何まで納得がいかない。
それからセネルさんの家から出て、三人で僕の家へ向かう。本当なら今すぐ追い返したかったけど、ピッポ達が楽しみにしていたし。
それに、こんな格好でひとりで歩くということも避けたかった。
【treat:プリンパン、魚鍋パン】
〜とある三人の場合〜
「おかえりキュ〜」
「あ、ただいま〜!」
「どうしてノーマさんが答えるんです」
そしてやっと、モフモフ族集落まで帰ってきた。ノーマさんとモーゼスさんは当たり前のように食卓を囲んでいる。
「いや〜、それにしてもお菓子いっぱい集まったね〜」
「こんだけありゃ十分じゃろ」
「で、結局お二人とも何がしたかったんですか?」
頭に付けられたカチューシャを取るために髪をほどく。モーゼスさんがパイを頬張りながら、不思議そうに答えた。
「何って、ハロウィンじゃ」
「僕がこんなふざけた格好をさせられてまで行かされた理由がわかりません」
僕は常に後ろから見ていただけで、「トリックオアトリート」なんて言葉は一度も言っていない。それでも二人は何も言わなかったから、ただ一緒に騒ぐ相手が欲しかったというわけではないだろう。
「理由って、そんなのジェージェーにハロウィンさせるために決まってんじゃん」
「シャボン娘、それ言うてよかったんか?」
「いいの、いいの。もう終わったんだからさ〜」
「僕にハロウィンを…させるため?」
一体どういうことなのか。きょとんと二人の顔を見ると、ノーマさんとモーゼスさんは楽しそうに笑った。
「この前ジェー坊、ハロウィンしたことないって言うとったじゃろ?」
「だからあたし達がハロウィンの楽しさを教えてあげようってワケ!」
「……は?」
「ちなみにスペシャルサンクスはホタテ三兄弟で〜す!」
「ポッポ達が?」
ノーマさんから出た意外な名前にみんなを見る。ポッポ達には驚いた様子はなくて、ニコニコと笑っていた。
「この前偶然、街でピッちんに会ったから、今日家にお菓子を置いとかないように、ってお願いしといたのよ」
「ピッポは料理の材料を買いに行ってたんだキュ」
「なるほど…」
はじめにノーマさんとモーゼスさんが来た時にみんな口を挟まずにただ見ていただけだったことにも、いくらハロウィンとは言え四人では食べきれない程の料理が用意されていたことにも、全てに納得がいった。要するに、最初から僕以外のみんな共犯者だったわけだ。
「それじゃ、そろそろハロウィンパーティーといきますか〜!」
「そうじゃの!」
「あなた達、まだ食べるんですか?」
テーブルに並んでいた料理があらかた片付くと、ノーマさんがそんなことを言い出した。ピッポ達もいそいそと皿を片付けていく。
「何のためにこんなにお菓子貰ってきたと思ってんのよ〜?」
「食うために決まっとるじゃろ」
そしてさっき貰ってきたお菓子をすべてテーブルに並べる。この二人にはもう何を言ってもしょうがない、と諦め半分呆れ半分で僕も手伝う。
「どう? ジェージェー、楽しいっしょ」
「これからは毎年やっちゃるからの」
「……そうですね」
交互にそう言われ、溜息をつきながらも肯定する。少なくとも不快だったわけではない。
すると、ノーマさんとモーゼスさんは顔を見合せてにいっと笑うと、同時に言った。
「「ハッピーハロウィン!」」
最後にはそれぞれジェージェー、ジェー坊、と付け加えて。
「…ハッピーハロウィン」
そう返してみると、なんだかすべてがバカらしくなって、思わず笑みがこぼれた。
【trick:楽しいハロウィン!】
とあるジャックオランタンの陰謀
導き手は大きなかぼちゃと白色お化け!
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1日遅れだけどハッピーハロウィィィィィィィィィン!!!!!
11/01
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