運命なんて疑うよ。そんなの嘘っぱちじゃない。


群青が溢れ出してしまうよ




夏の昼休みは学校裏の倉庫の上にいるのが好きだ。倉庫の真横には大きな木があって、ちょうど日陰になる。人が利用することも少ないし、1番静かで1番涼しいと思う。
わたしのお気に入りの場所だった。はずだった。

「あ、」
「…え」

いつものように倉庫の上に座って足を外にほおりだしてぶらぶらさせながら本を読んでいた。そしたら、変な驚き声のようなものが聞こえてきて、わたしも反射的に声を出していた。
そこにいたのは、倉庫へよじ登ってきた体制でこっちを見ている男子生徒の姿だった。
なんだろう、と思い本を閉じた。そして、なんですか?と怪訝そうな顔を向けた。男の子は軽々と登ってくる。


「あー、いや、ここ使ってる?普段から」
「…まあ」
「一昨日くらいに学校休んだとか?」
「休みました。…なんで知ってるんですか」

怖いこの人。わたしが休んだ日知ってるとかなんなの。早く降りよう…。
逃げたくなったけど、わたしがいつも登ってくるはしごは彼の方にあったから逃げようにも逃げれない。

「えええ、ちょ、待って。なんか勘違いされてると思うんだけど!俺がここに来たのが一昨日の昼休みだったんだけど、その時に君いなかったでしょ?だから休んだのかなって思っただけで…!」

…嗚呼、そういうことか。
あまりに必死に説明するもんだから、すんなりと信じてしまった。


「良い場所見つけたーって思ったら、君が先にいたんだあ」

なんだあーと大きく息を吐きながらぱたりと寝転がんだ。
いや、寝転がってないではやくどっかいってください…。そう言いたかったけど言えなかった。同い年だったら言えたのに。
だけど、その彼の上靴は緑色だった。わたしは紺色。1つ上の学年だということが分かった。


「あ、あの…」

「ごめん!お邪魔しました」

わたしの声を遮って、彼は小さくお辞儀をしてからはしごを使わずに地面へと飛び降り、校舎へと歩いて行った。

…一体なんだったんだろう、あの人は。不思議な彼がいなくなったことを安堵した。


本をまた開こうとしたら、手が微かに震えているのが分かった。びっくりしたからか、鼓動もはやくなっていた。
どきどきした。このつまらない日々に誰か刺激を与えてくれるものをくれないかと思ったときもある。それがもしかしたら彼だったりして、なんて。馬鹿みたいに小説のような妄想をしていた。

ゆっくりと後ろへ倒れ、顔に本を当てて、目を閉じた。




◆ ◇ ◆




学校を楽しいと思ったことがなかった。
友達がいて、優しい先生がいた。それなのに、明日が学校だと思いながら膨らむ期待やわくわく感や緊張感なんて味わったこともない。
決して恵まれていない環境なわけでもないのに、こんなこと思ってしまうわたしは我が儘なんだと思う。

何か楽しいと思えるようなことはないんだろうか。そう願いながらはしごに手をかけると、何故か上の方から鼻歌が聞こえてきた。
とても陽気そうなそれは、誰のものなのかなんとなく察しがついてしまう。だって、ここに来る人はわたしとあの人以外にあまりいないのだから。

少しだけ登って目元まで顔をのぞかせると、案の定昨日ここで会った1つ年上の彼がいた。
どうして、何故ここに?当たり前の思いを浮かべて、わたしも倉庫へと上がっていく。


「え、っと…」

なんて言っていいか分からずあやふやな言葉を投げかける。それは届いたのか分からなかったけど、彼は気づいてこちらへ顔を向けていた。

「お、昨日ぶりー!」
「あっ、はい…こんにちは」
「なんか固くない?俺一応先輩なんだけど、全然怖くないから!それとね、…」

聞いてもないのに自己紹介をぺらぺらとされてしまった…。好きなものとかなんか関係ないことまで話してるからとりあえず座って適当に話を聞いていた。
そしたら、わたしに自己紹介してほしいと言われ、仕方なく名前をぼそぼそ告げた。

「春日ひまりです」
「え、漢字でどうやって書くの?」
「漢字じゃなくて、平仮名です…」
「なるほどねー。最近いるよね、平仮名の子って」
「…はあ」

なんかどうでもいい話で時間でも稼いでる?そう思ってしまうくらい彼のおしゃべりは続いた。でも、色々分かってきたことがある。

やっぱり1学年上の先輩で、名前は榊蒼衣らしい。わたしは榊先輩と呼ぶことになり、先輩はわたしをひまりちゃんと呼ぶようになった。
好きなものは甘いもので、嫌いなものは苦いものらしい。あまりにも極端な好き嫌いで笑ってしまった。
部活はサッカー部の副部長ってこと。顧問の先生は沢口先生っていう名前なんだけど、髪が薄いから部員との間ではハゲ口って言われているってこと。
そんなことを話していくうちに、普通に良い人なんだなって思った。
悩みもなさそうで、ポジティブで、明るくて元気で、真っ直ぐな人だなって。嫌いにはなれない性格だった。


「ねえ、ひまりちゃん」
「はい」
「俺さ、またここ来てもいい?」
「…はい、是非。お話また聞かせてください」

何故だろう。
最初榊先輩がここに来た時、「はやく帰って欲しい」とか「どこかへいきたい」とか思ってたのに、すんなりとそう口から言葉が漏れていた。




◆ ◇ ◆




それから榊先輩は、決まって週に3回この場所に顔を出すようになった。曜日は、月曜日と水曜日と金曜日。
理由は、火曜日と木曜日はサッカー部の部員だけで自主練習をしているらしいからだ。

「自主練習ってすごいですよね」
「えー、そうかなあ。朝練があんまり時間ないからやってるだけだけどね」

そうなんですか、と少しだけ榊先輩の顔を見て言ったら、榊先輩もこっちを見ていた。心臓が一瞬高鳴ってすぐに顔を逸らしたけど、先輩はふんわり笑いかけるような表情だったのに、わたしは真顔で…。恥ずかしい。

毎日1人で過ごしていたこの場所が、最近では暖かい場所のように感じてきた。榊先輩の存在の温もりを感じた。
1人になりたくてこの場所を見つけたのに、今ではそうは思っていない自分がいた。



「そーいえばさ、ひまりちゃんって部活なにやってんの?」
「お恥ずかしながら、帰宅部です…」
「そうなの?俺の予想では美術部だったんだけどなあ」
「なんか、これといって興味のある部活も無くて…」
「あーわかるわかる。俺もそういうときある」
「榊先輩にはサッカーがあるじゃないですか」

無理にフォローを入れようとしてくれたのにしきれてなくて笑ってしまった。そしたら恥ずかしそうに「ほんとだよ!」なんて言ってくれる。
本当、優しい先輩だ。




くだらないお喋りはあっというまで、チャイムが鳴った。
嗚呼、今日もこれでおしまいか。次に会えるのは水曜日か、なんて。わたしは、別れを惜しんだ。

榊先輩は、わたしより先に倉庫から降りる。そしたら、はい、って手を差し伸べてわたしをゆっくり降ろしてくれる。こんなことしてもらわなくても普通に降りれるのに、その優しが嬉しくて甘えてしまう。榊先輩の手は、少し骨ばってて、少し冷たかった。


それじゃあ、とわたしが帰ろうとしたとき。ぱっ、と腕を掴まれた。

「ねえ、今週の日曜に大会あるんだけどさ、よければ来ない?」

笑ってなかった。やけに真剣にそう言われて、断れるような雰囲気ではない気がした。特に用事もないし、せっかっくのお誘いだし…友達連れて行けばいいかな、って。
無言で頷いたら、先輩は花が咲いたような笑顔でありがとう!と言った。嬉しそうにしてくれて、わたしもすごく嬉しかった。


だけど、日曜日はやってこなかった。













「榊、怪我したんだって」

―――朝も昼休みも放課後も、毎日何時間もサッカーの練習をしていたせいで、火曜日の体育の時間に足を抑えて倒れたんだって。




ふと通りかかった2年の先輩の廊下でその言葉が聞こえてきた。
立ち止まって、動けなくなった。



――――――――――――――――――――――――――榊先輩が…怪我?



今日は、金曜日だ。






◆ ◇ ◆





来ないと思った。来れないと思った。そう思いながらも、わたしはいつもの場所で榊先輩を待っていた。
来てくれるだろうか。来てくれないだろう。でももしかしたら…いや、そんなはずない。
馬鹿みたいに頭の中で想像が膨らんで、不安が津波のように押し寄せてきた。夏なのに自分の熱を逃がさないように蹲った。そしたら、



「え、ひまりちゃん泣いてんの!?」

真横から聞こえてきたのは、紛れもない榊先輩の声。


「っ、さかき、先輩……」

「ええええどうしたの!?なんかあった?え、大丈夫?」

「大丈夫じゃないのは榊先輩じゃないですか!なんで登ってきてるんですか?!」

動ける足で登ってきたのか、腕の力で登ってきたのか。それは分からなかったけど、足が包帯で巻かれていて、ギブスのようなもので固定されているようだった。


「だって、金曜日はいつもここに来る予定だし」
「そんな…危ないじゃないですか…」
「へーきへーき。結構すんなりいけたし」

ピースして歯を見せながらにかっと笑う先輩の笑顔は、今日は眩しく思えない。




「疲労骨折でね、中足骨を折っちゃってたみたい。だからさ、とりあえず今はサッカー出来ないし、毎日ここに通っちゃおうかな」

「…えっ、それ、って」

分かってた。けど、言えなかった。わたしの口からは、言えなかった。
だけど、榊先輩は感じ取った。


「そう。日曜の大会出れないから、俺の格好いい姿見せられなくなっちゃった。ごめんね」

やっぱり、そうか。骨折なんてすぐに治るわけもない。
なんて返したらいいか分からなくて、わたしはただただ首を横に振った。だけど、何か気のきいたことを言いたくて、言葉を探した。


「…榊先輩はまだ2年生ですし、大会が最後って訳でもないし…治ったらまた何度でも大会に出れると思います。だから、…っ」

そっと肩に触れた暖かさと、頬にかすれてほんの少しくすぐったい感覚。
榊先輩の頭がわたしの肩に寄り添うように置かれて、言葉が止まってしまった。どきりと心臓が跳ねて、なんて言っていいか分からずおどおどしてしまう。


「あ、あの…」

「…俺にとっては最後じゃないけど、先輩にとっては最後の試合になるかもしれない大会だったんだ」

わたしに言っているはずなのに、その言葉はまるで独り言のように聞こえる。


「生意気だけど、俺が得点を決めて先輩達の勝利に貢献したいっていう気持ちがあったんだ。本気で、…あったから」


だから辛いんだ。
大会に出たかったんだ。
自分を恨むんだ。




嗚呼、そうか。夏というこの季節。3年生は最後の部活なのか。
きっと、榊先輩はその大会のメンバーに選ばれて、3年の先輩と一緒にプレーできるはずだったんだ。それなのに、怪我をして、出れなくなってしまったんだ。
悔しくない、はずがなかったんだ。


まるで榊先輩の声が聞こえてくるようだった。




だけどわたしは、なんで、なんでこんなにも必死になれるんだろう。なんて思ってしまう。
だって、自分には来年があって、それなのにどうして3年の先輩のためにそこまでして頑張ろうって思えるんだろう。
部活もやってないし、仲間なんていないわたしに分かるはずがない。

無性に羨ましいと思った。
こんなにも悔しそうに、こんなにも辛そうに、こんなにも苦しそうに思えるものがあるなんて。欲しいと思った、わたしにも。



「…榊先輩には、悩みなんてないと思ってました」

「……」

「いつもポジティブで、元気な人だと思ってました」

だけど、それって人間じゃないですよね。いつでも明るく振る舞える人なんてそうそういない。苦しいことがひとつやふたつあるに決まってる。
榊先輩だって、ちゃんとした人間だったんですよね。わたし、勘違いしてました。



「かっこいいです」


精一杯の、わたしなりの励ましの言葉だったのかもしれない。

ほんの少しだけ、榊先輩のすすり泣く声が聞こえた。
そして、先輩は言ったんだ。


「ありがとう」って。









なかなか頭を起こしてくれない榊先輩に、わたしは、

「…暑いです」

「……ごめん」


やっと頭が肩から離れて、やけに涼しく感じた。だけど、顔はまだ熱い。たぶん、赤くなってる。
前髪がほんの少し長いから、目が隠れててちゃんと見えないけど、少し気は晴れたのかなって自分の中で勝手に思っていた。


「…ひまりちゃん」
「はい」

すっと、榊先輩の腕が伸びて、木の方向を指差していた。

「大きな木でなかなか見えないけど、北校舎の3階から、いつもここ見えてたよ」
「えっ、絶対見えてないと思ってのに…」

「うん。そこでひまりちゃん見つけた」



―――――え、

目を丸くさせながら意味も分からずに榊先輩を見つめた。


「いつも1人でここ登ってるから何してるのかなあって思ってたら、楽しそうに本読んでて、気になって声かけて、すごいいい子だなって思ったよ」

「…っ」

「本当は知ってたよ。結構前から、ここに君がいたこと。
このタイミングでそんなこという?って思ったでしょ。でもね、今だから言わせてほしい。たった今、自分の気持ちが分かったから」


それって、どういう意味ですか?…って言う前に、榊先輩が言葉を続けて、




「運命を装った俺の計画でした」









運命なんて疑うよ。そんなの嘘っぱちじゃない。


それでもね、わたしが明日を楽しみに思えることだって、こんなにも何の興味を示せなかった日々を後悔するなんて、初めてなの。
それにね、足を怪我して大会に出れなくなってしまったことを運命だなんて言葉で片付けたくないよ。だって、榊先輩の努力の証でしょ。


だからね、わたしはこれからも、榊先輩の頑張る姿を、隣で見ていたいって思ったんだ。



end.

title::落日さんより



群青が溢れ出してしまうよ/紫歩

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