いつもよりちょっと時間をかけて整えてみた格好だとか、いつもより真面目にやった課題だとか、いつもより豪華な朝食だとか。
見えないところの校則違反だとか。
きっとその全部が、私を浮き立たせる原因になったのだろう。
「好きです、先生」
本当に好きだという気持ちを理解していないのに変なことを口走ってしまう程度には、私は安っぽくて考えなしだったのだ。
「まあそんなこともあったなーってここで未来の私にバトンタッチしてしまいたい」
「まあ無理だね」
ですよね。
とりあえずすごく広い場所でわけのわからない言葉を叫びながら走りたい気分。
「でー?そのあと萩原はなんて言ったわけ?」
「固まってたんだけどね、向こうが正気に戻る前に私が正気に戻って走り去ったわ」
どうした?と笑った顔のまま停止していて彫像みたいだった。あのときのことを忘れさせるような衝撃を後で与えるべきだろうか。
「なんだ、返事聞いてないのか」
つまんなーい、とか他人事みたいに膨れやがって。しかし本当にどうしたものか。できることならばさらっと何事もなかったかのようにすごいしたいわけだけれどやっぱりそれはなあ。なんてったって向こうは顧問でこっちは時期部長だから、ちょっと気まずさを我慢すればいいなんてものじゃない。
今までだって結構話すことはあったのに、これからはきっともっと増えるようになるはず、だったわけで。
「さくっと記憶を消せる装置が欲しい」
「それは私も欲しいねー」
なんだって私はこんな突飛な行動に出てしまったのか。ちらりと靴の先を眺めながらぼけっと考えてみた。
そもそも私はあの人を好きなのだろうか。これが初恋なんだったらかなり記憶に残る初恋だ。過去の笑い話にでもなるかな。
「あ、萩原」
「え、」
ばっ、と廊下を見たら、丁度目が合ってしまって。いやこの席結構窓から遠い気がするんだけども。本当に目が合ってるのか。見間違いだろうか。
「おい、白瀬」
先生が、よく通る声で私の名前を呼んだ。
「放課後、準備室な」
はい。と小さく口を動かしたような気がするけれど、空気を噛んだだけのような感触しかしなかった。
何故だかわからないけれど、とくりと小さく音が聞こえた気がした。
pedicure/結芽