好きな人に、振られました。




「ばっかやろおおぉぉ…」

大声出して、ストレス発散させようかと思ったのに、叫んだ声は涙声に呑まれた。
柄にもなくぼたぼたと涙をこぼす。

「うっううっ」
嗚咽をもらしながらよろよろと前に進むと、波がザブンと足にかかってお気に入りのローファーを濡らした。
どうしようもないこの感情は、何処へやればいいのだろう。
どうやって振り切ればいいんだろう。

「もう…もうやだ…どうすればいいの…」





すると、

「そんな気分の時は」
ふと背後で声が聞こえたかと思うと、

「こうするのが一番!」

と、どんっといきなり背中を押され、私の体は海の中に落ちた。
あまりの出来事に一瞬呆然としたが、すぐに我に返って後ろを振り返った。

「アハハハッめっちゃみごとに落ちたな。いやまさか、そんな簡単に落ちるとは思いもしなくて」

黒髪のメガネをかけた男の子が、砂浜に立って笑っていた。

「ちょ…ちょっと、何人のこと突き飛ばして笑ってんのよ。ふざけないで。てかあんた誰」

「俺?俺の名前は黒田 飛鳥。」

「名前聞いてんじゃないの!」

「ん?ああ、海に落とした理由?…まあ、君が泣いてて辛そうだったから。海に入ると気分楽になるじゃ
 んか。それで」

え、何?誰かが泣いてたら知らない人でも海に突き落とすの?さらに気分が楽になるとか、そんなの、自分がってだけで、人に当てはまるとは限らないじゃない!!!ほんとに、何なの!?

「まーごめんって。てかいつまでそこにしゃがんでんの」

その、黒田飛鳥とかいう奴は、自分もざぶざぶ海に入って私のことを引き起こした。

「でも俺、別に知らない人に絡んだりはしないからね」

彼がぼそっと呟いた言葉が聞こえなくてまじまじと見ていると、

「そんなに見ないでよ」

と、なぜか照れて自分のメガネを私にかけた。

『伊達メガネだ…』




始めてメガネをかけて見た世界は、少し、いつもと変わって見えた。




「で、君の名前は?」

若干答えようかどうか戸惑った。
てかどうして私は放課後、見知らぬ人と二人で腰かけて喋っているのだろう。

「…水中…絢」

「ぶはっ水中って!ギャグ?ギャグでしょ」

「ち、が、う!!だから言いたくなかったのに…」

「うそうそ、可愛い名前だよなって思ったよ」

どうしてこうド直球なのか。頬が少しほてる。

「ねえ、その制服ってさ隣町の高校のだろ?」

「そう、だけど」

「やっぱり。少しこのへんじゃあんま見かけないけど、そこに俺の友達いるから分かった」

この人の制服は、確かここらへんの高校のだ。

「俺、高2。お前は?」

「同い年…」

「そっかそっか、タメか」

二人の間に沈黙が訪れた。









「…ねえ、なんでさ、さっき泣いてたの?」

「え、えっと、それは」

また配慮のカケラもなしに聞かれて戸惑う。でも、なんか、何故かこの出会ったばかりの人に、話してもいいかなって思ってしまった。


「…ただ、好きな人に振られた。それだけ。男子では一番仲良い人だったから…もしかしたら両想い
 かもとか調子乗っちゃって。長い間好きだったから、結構辛くて」 





「……………そっか」

今の長い間はなんだろう。

「それで海に来た…と。でも、今はそんなに辛くないでしょ」

確かに。さっきよりも全然気持ちが軽い。

「うん…飛鳥が話聞いてくれたからかも。でも、海に突き落とすのは良くない」

と言って横を向くと、飛鳥は少し顔を赤くして下を向いていた。

「どうしたの」

「いや、いきなり名前呼びされて焦っただけ…です」

思わず笑ってしまった。あんなに自分は直球なのに。

そして、笑っている自分自身にも驚いた。


「わ、笑うな。いいし。俺も絢って呼ぶから。
 …けっこう暗くなってきたな。帰るか」

「うん。今日は、その、なんかありがと」

「いーよ。俺結構いつでも此処いるからまたきなよ」

そう言って左へ走って行った。

私も右に少し歩いて、あることに気が付いた。

「メガネ…返し忘れた」



それからたまに海で飛鳥と会うようになった。
なるほど、言った通りいつでも海にいる。でも、それは私にとって何故か心強いことだった。


最初に会った日の次の日、メガネを返しに行ったがあげると言われた。だから、このメガネは今は私のものになっている。秘密だけど、私の宝物。




飛鳥と出会って一か月が経とうとした時、学校で私の涙の理由の人に呼び出された。
今まだ好きなのかはよく分かんないけど、もう振り切れてるつもりだった。

「…何?宮本」

「あのさぁ、俺、前にお前のこと振ったじゃん」

「え?う…うん」

「あの時さ、好きな子がいて振ったんだけど、俺もこの前その子に振られちゃって。だからさ、今もう好
 きな子いないから付き合ってあげてもいいよ」

「…え」

目の前が真っ暗になった。この人は何を言ってるんだろう。
好きな人がいなくなったから付き合ってあげてもいい?それは私の一か月前の思いを知っていて言ったの?


涙よりも、悔しさと怒りが一気にこみ上げてきた。

私は何も言わずに立ち去った。




「…ってことが学校であってさ。何も言わずに逃げてきちゃった。まあ、もう好きじゃないんだけど。
 ただちょっと悔しいっていうか…」

聞き流してくれるだろうと、何気なく飛鳥に愚痴ると、

「ふざけんなよ」

と低い声で言い、何処かへ向かって走り出した。

「えっちょ、飛鳥!?どこ行くの!」

私も慌てて立ち上がって後を追う。

しかし飛鳥の方が足が速く、あるところで見失った。

「嘘、何処言っちゃたんだろ…」

うろうろしていると、住宅街から怒鳴る声が聞こえた。

「飛鳥…?」



走って行くと、やはり声の正体は飛鳥…と、宮本だった。あの家は確か宮本の家。

「ちょっと、何してるの、どうしたの!?」

「あっ水中、助けろよ。なんかいきなり黒田が俺の家来て怒鳴ってきてさあ!」

「え、何、二人は知り合い?」

「…中学の時の同級生」

飛鳥が、宮本の胸元を掴みながらぶっきらぼうに言った。



「だからなんなんだよ!俺が何かしたのかよ!」

「…した。絢のこと、たくさん傷つけた」

「え、いいよ!やめて飛鳥。大丈夫だから」

「そうだよ。それにお前は水中のなんなんだよ、一体!!」



「…彼氏だよ」




飛鳥はそう言い放つと、私の手を掴んで走り出した。





二人で、波打ち際に立っていた。

「…ねえ何であんなことしたの」

「宮本にむかついたから」

「ってか何で!私が好きなのは宮本くんだってわかったの!さらに知り合いってさあ!」

「…たまに帰りにあったりするんだけど、一回写真見せてもらったから。『俺が一番仲良い女子』って。
 それで絢の顔覚えてた。だから最初声かけたんだよ。まあその後宮本からその女子のこと振ったって聞
 いたから確信したけど。
 んで最初は我慢してたけど遂にむかついて。やっちゃった」

「やりすぎだよ」

アハハと笑った。

「でも、私のために怒ってくれて嬉しかった。ありがとう」

「どういたしまして」






その後私はハッとあることに気が付いた。



「なんで、なんで自分が彼氏だなんて言ったの。いくら私を庇うためでもやりすぎなんじゃ」

「庇うためじゃない」

少し大きめの飛鳥の声が、私の声を遮った。

「庇うためじゃなくて…自分のため」















「絢のこと、好きだから」

真っ直ぐに見つめられた。夕日が顔を照らす。











「返事、聞かせて」


遠くの方で、波の音が聞こえた。




海と、君と、/琥白




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