◇
真っ青な空を見上げた。
机に肘をつき空を見上げていていると夏の訪れを感じる。
空が低くなって。空気がジメジメしてきて。周りも私も夏服になって。
全てに夏の訪れを感じる。
だけど、一番は…
「――り!あかり!小明!」
「…んえ?」
「何その変な声!話聞いてた?って、聞いてないよね。ちゃんと聞いててよ!」
「ご、ごめん。何の話?」
「はぁ仕方ないなあ。心の広いミカちゃんが教えて差し上げましょう!」
「うん。ありがと。」
「いやいや、突っ込めよ!」
「…?」
「うん、ごめん。小明に突っ込みを求めたミカがバカだった。」
「…?」
「…まあそれより、夏祭り!」
この町の夏祭りは全国的にも有名なもので、毎年この単語を聞くと夏だなって思うんだ。
「小明、シドウ先輩と行くんでしょ?」
「…あ。」
「えっ、ちょっと!小明誘ってなかったの!?」
美香の般若みたいな形相に思わず体を後ろに引いてしまった。
そして、そのままコクコクと頷く。
「なにそれ!今すぐ誘いに行きなさい!」
「え…えぇっ!む、無理無理!無理だよ!」
「何言ってんの!彼女の誘いを断る彼氏はいないわよ!」
そうかなあ。
美香は大きく頷いて、「さっ、行くよー!」と私を引きずるように教室を出た。
◆
ピンクと白が貴重とされたこの部屋は勘違いせずとも私の趣味ではないことはわかるけれど、間違いなくここは私の部屋だ。
彼氏と駆け落ちして出て行ったお姉ちゃんがもとは使っていた。
ベッドの上でゴロゴロと動き回る。
目をつぶれば頭いっぱいになる、ハルキ先輩のこと。
クリーム色のくせっ毛が特徴的で、普段は触られるのを嫌がるけど私にだけはいつも触らせてくれる。
あの、ふわふわした天使みたいな笑顔も、ポンポンって頭を撫でてくれる大きな手も、見た目と対照的な低めの声をちょっと高めにしていつも喋っているところも、修学旅行の時に私が大好きなクッキーいっぱい買って来てくれる優しい性格も。
全部全部、好き。
高校3年生で受験生だから今は忙しいシーズンだけど、今日美香に先輩の教室まで連行されたとき、行くよって言ってくれたのは本当にうれしかった。
でも、負担にはなりたくなくて。
でも、一緒にいたくて。
色々な思いがぐちゃぐちゃと回る。
ねえ、ハルキ先輩。
私は重荷じゃないですか?
◇
ドンドンドンと太鼓の音が鳴り響く。
昔からこの音が好き。この日だけこの町の鳴り響く勢いのあるこの音が好き。
そして、去年もハルキ先輩と来たお祭りが今年も…―――
「――小明!」
「っ、ハルキ先輩!」
神社の石段の下で腕時計をチラチラ見ていたら大好きな声が聞こえてハッと顔を上げ声を上げた。
「ごめん、待たせた?」
「あ、いえ!ついさっき来ました。」
「そっか。やっぱり、30分前に来てよかった。」
「え?」
「こんなところで小明をもっと待たせるところだった。」
「そ、そんなこと気にしなくていいですよ!私が早く来たかっただけなんですから!」
「早く来たかったって…1時間くらい前に来てたんじゃないの?」
「う…」
「ははっ。そんな早く来られると俺何時に出なきゃいけないんだろ。」
ハルキ先輩の久々に見る私服。
半そでTシャツにジーパン。そして男物のネックレスとピアス。
今日もオシャレだなって思いながら自分の髪の毛が気になってくる。
お母さんが“一年に一回なんだからオシャレしないとね!”って言ってサイドテールに光る加工がされた星のかんざしをつけられた。
いこうか、と言った先輩の隣を歩けば、カランカランと下駄がなる。
左手には先輩の温もり。
手をつなぐのも、すごく久々。
ふと先輩の顔を見上げたとき
「小明、似合ってるね。浴衣も、髪の毛も。」
「っ、!」
にっこりとほほ笑む先輩と合わさった視線。
反射的に顔をそらした。
ふ、不意打ち禁止!今絶対顔赤いよ…もう。
ゆでダコみたいな顔を隠そうと右手を頬に添えると
「ははっ、小明真っ赤。」
「み、みないでください〜っ!」
ははっと再び先輩が笑った。
たこ焼きや綿あめ、焼きそばを堪能してお腹がいっぱいの状態で歩きながら見つけてしまった、出店で売られているウサギのぬいぐるみ。
じっと見つめすぎていたらしい。
「ん?あれ?」
「えっ、あ。…ふふっ。ウサギ、かわいですよ、ね…って、え。」
「ちょっと待ってね。」
「えっ!?…ちょっ、先輩!?い、いいですよ!?わわっ、私お金払います!す、すみませ、」
「小明、ほしくないの?」
「え…いや、ほしいです…けど。」
「そっか。じゃあちょうどいいね。はい。プレゼント。」
「ええっ!?いやっ悪いですって!私お金払いますか、」
「彼氏からのプレゼントだよ?受け取ってよ。ね?」
譲る気がなさそうな先輩に負け、ありがとうございますとお礼を言って受け取ったウサギのぬいぐるみ右手に抱きかかえて人通りが多い提灯の下を歩く。
「ねえ、小明。」
「ん、なんでしょう。」
「小明は、今、楽しい?」
「もっ勿論です!久々だから尚更!」
「ははっ、そうだね。最近遊べなくてごめんね。」
「えっ!いやいや!先輩は受験生なんですから!私なんかより受験頑張ってください!」
「ん、ありがとう。でも、ごめんね。」
悲しげに微笑んだ先輩。
慌てて手を振って否定をすれば、ぽんぽんと二回頭を撫でられた。
◆
「――――え?」
スッときょとんな声が震える。
な、なにいってるんですか。冗談ですよね? 揺れる視界の中作り上げた笑顔はきっと見るも絶えない不細工なもの。
視線の先には、すごく困った顔をした先輩がいる。
「わ、別れるってどういうことですか!?先輩!」
いつもなら合う視線がどうしても合わない。
そっか、先輩が外してるんだ。
気が付いた瞬間全てが崩れてしまった気がした。
もう戻れない気がした。
先輩はもう私には気がないんだ、そう思った。
だってそうでしょ?
目も合わせてくれないなんて、嫌いの象徴じゃない。
「ごめん、もう無理なんだ。」
受験、いろいろあって、疲れてるんだ。
小明にかまってやれる時間がない。
それに、俺、東京の大学行くんだ。
ポツポツと雨が降り出した。
それは次第に本降りになって、私たちを濡らしていく。
この町の夏祭りは、
時に優しく、時に残酷だ。
End.
ウサギ/かほ