「何してるの?」
「えっ、あっ・・・いやちょっと人を待ってて」
10年前の8月10日、午後2時。
一日で一番暑いこの時間、わたし、多田野日向(ただのひなた)と彼、名郷想太(なごそうた)はこのとうもろこし畑で出会いました。
◆◇◆
「ひーちゃん、ちっちゃいからとうもろこしで見えなくなっちゃうね」
「そういう、そーくんこそちっちゃいじゃん。わたし162cmあるし小さくないよ」
「僕、179だよ。全然ちっちゃくない」
そーくんは空が好きだ。
わたしと話しかけているのに、たまにしかわたしを見てくれない。こっちむけ。
だからわたしが、とうもろこしに隠れたって気付かず道を通り過ぎていってしまうんだ。
じゃあ、そーくんがわたしがいないことに気付いて見つけてくれるまで、わたしとそーくんが出会った日のことでもをお話しようかな。
◆◇◆
「ばーちゃーん!ちょっくら青下商店でアイス買ってくるー!」
「あ、日向ちゃん。暑いから気をつけるんだよ〜」
高校2年生の夏休み、勉強が少しいやになったある日。ばあちゃんちに遊びに来ていたわたしは、近くの青下商店にアイスを買いに行った。
「あっち〜、何度あるんだよこれ」
自転車で青下商店に行くまで、太陽が暑すぎてくらくらする。
「ひー!あっつー!自転車乗ってても風が全然来ないー!あとちょっと〜」
◆◇◆
やっとのこと(って言っても5,6分だけど)でついた、青下商店でアイスを買って溶けないうちに帰ろうと店の前に置いていた自転車に乗ろ・・・あれ。
「え、あれ・・・自転車・・・」
ないんだけど!!!!!!なぜ!!!!!!えええ帰るのがもっとめんどくさくなってきたんだけど!!!!!!!!!
「おっちゃーん!!わたしの自転車しらん!?!?!?ないんけど!!」
「えー、ないわけないやん〜!」
「本当に本当にないんの!!!ここ置いとったんだけどー!」
「あ、そこの畑の想太くんが持っていったんかもな〜」
「えっ、勝手に持ってたの!?!?!???!信じられないんだけど、おっちゃん面識あるん?」
「おー。はじめと仲良くしてくれてる男の子なんやけど、そこのとうもろこし毎年くれんやで。しかも奥さんがべっぴんさんでさ〜」
「まじか!!じゃあ、おっちゃん一緒に自転車取り返しに行こ!お願い!!」
「ええよ〜、あ、でもはじめと行ったほうがいいんじゃない?呼んでくるから日向ちゃんそこで待ってて」
「ごめん、ありがとおっちゃん!」
あーあ、せっかくのアイス溶けちゃうよ。
いまのうちにばーちゃんに「ちょっと帰り遅くなる」ってメールしとかなきゃなあ・・・。
「・・・日向」
「あ、はじめちゃんごめんよ。一緒に自転車を返してもらいにいってほしいんだけど」
「親父から話きいた。想太たぶん俺のと勘違いして持ってったんだと思う。ごめん」
「え、いや・・・はじめちゃんが悪いわけじゃないから・・・うん」
はじめちゃんの話を聞く限り青下商店の少し先にある角を曲がったところにあるとうもろこし畑にその想太くんとやらがいるらしい。はじめちゃんと想太くんは同じクラスで同じ部活で一緒に登下校してるくらい仲がいいらしい。(ホモかと思った)
「想太も悪気があったわけじゃないと思うから・・・」
「うん、はじめちゃんと仲良しの人なら悪い人じゃないよ」
「ありがとう?・・・じゃあ、呼んでくる」
「うん、いってらっしゃーい」
はじめちゃんが想太くんとやらを呼んできてくれるらしいので、とうもろこし畑の看板の前で待っていることにした。
「何してるの?」
「えっ、あっ・・・いやちょっと人を待ってて」
そんな時いきなり同い年くらいの男の子に声をかけられた。黒ジャージ姿の男の子で夏には少し暑そうな格好だった。
「あ、想太・・・!ここにいたのか!」
「え、はじめちゃん!」
「あ、はじめだー。何かようあったの?」
◆◇◆
「あー、ごめん君の自転車だったんだ。はじめのかと思った」
「・・・俺のだって勝手に持ってくなよ。自分の持ってるだろ」
「あ、の・・・わたしもう帰りたい。アイスが・・・」
「ああ、ごめん。これお詫びといっちゃなんだけど」
渡されたのは、もぎたてのとうもろこしだった。
「あ、ありがとうございます・・・」
「あ、君の名前は?」
「・・・多田野日向です。はじめちゃんのいとこです。よろしくね」
「あ!はじめから聞いたことあるかも!僕は名郷想太です。はじめの親友です。こちらこそよろしくね」
「親友じゃない」
「ひでー!」
◆◇◆
「みーつっけた」
「あ、・・・そーくん。みつけてくれないと思ってた」
「・・・泣いてる」
「え・・・あ、本当だ。ふふ、何でだろ」
そーくんと会ってから、今日で丁度10年目になる。
そして、
「今日も相変わらず暑いな〜」
彼をなくしてから丁度10年目になる。
「そーくん、・・・空にはじめちゃんはいないんだよ」
「んー」
そーくんはいつも空ばかり見ている。
きっとそれはいつも空にはじめちゃんを探しているから。
わたしの話をわたしを見てちゃんと聞いてくれないのは、わたしとはじめちゃんが少し似ているから。
「そーくん・・・泣いてもいいんだよ」
そーくんははじめちゃんがいなくなってからこの10年間一度もわたしの前では泣いたことがなかった。
「・・・っうん」
この炎天下、わたしとそーくんはこのとうもろこし畑の真ん中で子供みたいに泣き喚いた。
空は滲んで見えた。
。End。
夏の日、畑の真ん中で。/しら