短編 | ナノ



お願い、なんていう言葉が彼等の口から出てくるとは思わなかった。いや、出てきたとしても吐き気を催す様な顔付だろうと。

それが、涙声で必死に助けて欲しいと電話してくるもんだから、つい面白がって冷やかそうとアイツらの家に行ったのが間違いだった。
最初はビビって泣き叫ぶ奴らを見れて面白かったが、小さな部屋の中心に倒れている人物の顔を確認した瞬間、楽しい気持ちは欠片もなく吹っ飛んでしまった。

俺と同じ考えで一緒にボロアパートまで着いてきた家族のうち、名前を知っているジジイだけは俺と同じ気持の様で、複雑な表情で頬を引きつらせながら笑っている。
こっちの世界に来て若返ったはずの肌に、深い皺が作られていた。

(……やれやれだぜ)

お前達の仲間だろう、とボロアパートに住む悪人共に言われ、素直に頷く事はできなかった。
確かに仲間だった。
うっとおしく思っていたが、愛おしくも思っていた。俺には兄弟はいなかったが、弟のように思っていた。チビで非力で弱っちかったが、その小さな身体のどこに隠していたのかと驚くぐらいの勇気に何度も助けられた。

二度と会いたくなかった。
でも、ずっと一緒にいたかった。

初恋だったかもしれない、だが初めて純粋に、他者を想うが故の怒りでなく、自分の気持ちだけで殺したいと思った相手だった。

思い出せば思い出すほど、名前と俺の関係は『矛盾』という一言につきる。

とにかくさっさと持って行ってくれとムカつく野郎どもが五月蠅いので、家に連れて帰ろうと気を失っている名前を抱き上げる。ジジイがワシは嫌だとかふざけた泣き言を叫んだが、スタンドで軽く一発殴って黙らせた。

こんな悪党共の所に非力なガキを置いて行けるか、それにコイツ自身は悪いやつじゃねえ。いや、だから困ってるんだがな。

「承太郎は、お砂糖と素敵なものよりスパイスがいっぱいだよね」

ふと、昔名前に言われた言葉が聞こえた。腕の中にいる名前を確認したが、瞼は固く閉じたままだ。小さな唇はあの日の様には動いていない。
意味の解らないその言葉を聞くのが好きだった。もしかしたら、もしかしたらこの世界なら名前と上手くやっていけるんじゃないのか?

そんな期待にかけながら、最近やっと慣れてきた『我が家』を目指す。男七人、女は一人っきりのむさ苦しい家だが名前は起きたら喜ぶだろう。
コイツは俺みたいな奴が好きだったから。

はしゃぎ回る姿を想像しながら相変わらず青白い顔を覗き込みなおせば、あの日、俺がどうしてもとどめを刺せなかった時と同じ穏やかな寝顔に心が傷んだ。

結局、俺はお前が望んだヒーローには成りきれなかったし、お前を救うこともできなかった。
そして、苦しむお前を殺してあげることもしてあげられなかった。




確か名前との出会いは大学一年の終わり、初めての夏休みが近い6月のやけに蒸し暑い日だった。
ジジイに呼ばれた先、スピードワゴン財団のとある施設の玄関先には、夏の名残の薔薇が散り際の輝きを放っていた様な気がする。

その薔薇のアーチの先にいた名前と同じ、死ぬ間際の美しい煌めきをニューヨークの空に晒していた。