村のはずれ、一本杉の下に変な外国人と幼児が越してきたことを知ったのは小学四年の新学期を迎えた日だった。
「へえ、親子かなあ」
こんな田舎に余所者が来るなんて珍しい、そんなビッグニュースに今まで気づかなかったのは、春休みの間中人形操作の練習に明け暮れていたからだ。
この前の祭じゃ、最後年上の奴らに負けちまった。年娘だとか擬似結婚式だとかには興味は無いが、得意の人形繰りで負けるのは気に食わない。
変わった余所者。
それも村の子供たちには行く事を禁止されている一本杉の家に引っ越してきた。
確かあそこには廃屋と塞がれた古井戸しかなくて、所有者一族も隣村に引っ越して荒れ放題だったはず。だが、皆が言うには新しい家が建ったんだとよ。
いくら奇妙な新入りでも、村長の知り合いだから怪しい人じゃない。特に男の方はかなり顔がいいという噂で女子共が騒いでいるから、知りたくも無いのに噂が耳に嫌でも届く。
こんな事で騒ぐなんて、田舎ってやっぱつまんねえな。
「さっさと大人になって、東京行きてえ…」
刺激なんてない毎日がまた始まる、また人形の練習ができる放課後まで遠いな。寝ちまおうかな。
そんな気持ちでいた俺に、女子共のある一言が刺さった。
「二人とも人形を使えるんだって、それでこの村に来たのかな」
「…ふぅン?」
久しぶりに面白い事が起きそうだ。教室の隅に置いたスーツケースを眺めながら、どう訪ねようか授業が終わるまでずっと考えてた。
いきなり行って、警戒されるのは面倒だ。とりあえず偵察でもするかと、近くの木に登った。この程度なら人形で一瞬、この田舎は嫌いだがこの人形ってやつは大好きだ。
「……ざあましおう!」
たどたどしい、女の子の叫び声が一本杉の方から聞こえた。見下ろせば家にいる妹とそう変わらない子供が、自分の何倍もの大きさの人形を操っていた。
あれは確か、村長の家にあった練習用だ。あんな小さな子供が使うようなもんじゃない。
だが予想に反し、人形はキリキリ音を立て回転運動を始める。コマの様に回り、近くの丸太を箒のように裂いた。
完璧だ。
なんなんだあの子、ばけものか?
そんな俺の感想は男の声に否定された。
「駄目だ。踏み込みが甘い、もっと集中しろ」
「はい先生」
女の子の人形の師匠なのだろうか、あれで駄目だなんて手厳しすぎるだろ。そんなスパルタ男、きっとゴツくて嫌な奴なんだろうなと声がした方を見下ろしたら、そこにいたのは海外映画の俳優かってくらい整った顔の男だった。
男から漂う異様な気迫に、思わず唾を飲み込む。その音がやけに頭に響いた。
銀色の髪、外国人か?それにあの女の子、二人が噂の新顔なんだろう。
親子には見えない、だって女の子は眼は青っぽいけど他は普通の日本人に見える。激しい操作のせいかバラバラに解けた黒髪は男と対極だ。
「夕飯まで自主練習だ」
そう言い残して男は去っていく、その先に建て替えたらしい真新しい小さな家が見えた。
あの子の先生ってことは、凄え上手い奴に決まってる。俺も教えてもらいたい、もっと上手くなりたい。
だから声をかけに、家まで追いかけるつもりだった。後ろでドサリと、何かが倒れる音がしていなかったら迷わずそうしてただろう。
音に反射的に振り返れば、小さな体が地面に倒れていた。
どっちに行く?そう考えた時に行き先は決まってたんだと思う。
(しゃあねえな…)
このまま見捨てたら何か気持ちわりいだろ。だからだ、仕方なくだ。それで、渋々チビの所に寄った。
近づいてみりゃチビの指先はボロボロ、肩ぐらいまである黒い髪の隙間から見える横顔は青白い。
「おーい、生きてるかー?」
自分でも、軽すぎる声色だったと思う。
どうでもいいと思っているのも確かだが、自分はいつだってこんな感じで、よく大人から真面目で無いと怒られた。だからって、変える気は無いけど。
女の子は弱々しく反応した、大丈夫ですだって。
「それのどこが大丈夫なんだよ」
「ちょっと休めば、大丈夫だもん」
「ふぅン?」
実力だけでなく根性もある様だ、少しだけ興味がわいた。
時間をかけて起き上がった女の子は、俺の指先にはまる人形操作の為の指輪に気づき、見せて欲しいなんて言ってきた。
「先生の、上手過ぎてよくわかんないから…」
だから別の奴のを見たいってか。何だか俺が下手だと言われた気がしてカチンときたが、この奇妙な女の子からする不思議な香りへの興味の方が勝った。
「お前さん、名前は?」
「才賀名前」
「名前ちゃんよ。で、お代はいかほど頂けるんで?」
おやつと引き換えに、この女の子の『兄貴』になった事が、俺と名前の始まりだった。
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