銀色のお兄さん、ギイと二人っきり。才賀の義兄さん達が乗ってる様な派手な車に乗せられた、義兄さん達と違って格好いい彼が運転席に乗る姿は映画やドラマのワンシーンみたい。
私はドナドナされる牛状態って事も忘れて、ギイに見とれてた。だから気づかなかった、どんどん緑が濃くなる窓の外の景色が、どこか見覚えがあるってこと。
私は生まれてから一度も、東京から出たことなんてないはずなのに。
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ギイさんが目の前にいる、でもちょっと若いような。初めて会った時は、義兄さんと同じくらいの歳の人に思えたんだけどな。
学生くらいの、なんだか幼い感じ。
出会った時と同じ、お祖父ちゃんが着てるみたいな、ちょっと古くさいカッチリした服を着て、何だか西洋人形みたいで。
でも、可愛さなんてどこかに吹き飛んでしまうぐらい、ギイさんは憎悪を私に向けている。何かを叫んでいるけど、声が、音が全く聞こえないの。
ただ分かるのは、ギイさんが『私』の事が嫌いってことだけ。
でも、『私』って誰だっけ。
名前、私の名前。
必死に思い出そうとするけど、出てくるのは違う女の人の名前だけ。そうじゃない、私はその人じゃない。
だって『私』はその人のなりそこない、笑えない私はもう必要ない。それに疲れてしまったのよ、目の前の少年が正二の言う私を壊す理由のある人なら、今ここで楽になってしまいたい。
あれ?正二って誰だっけ、祖父ちゃんと同じ名前だ。もうわかんないや、何もかもどうでもいい。サーカスだってどうでもいい。
サーカス?それが私に何の関係があるんだろう。
壊れたら、置いていかれた時のあの悲しさも空虚も、みんな消えてしまうはずだから。
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「フラ……シィ…ヌ」
何か、悲しい夢を見ていた気がする。どんなお話だったのか、全然思い出せないけど。
酷く疲れてしまった、夢の中でもう壊れたいって思ったのはそのせいかもしれない。もうひとりぼっちで置いてかれるのは嫌、ギイさんだっていつか…
眠気眼でぼんやりそんな事を考えてた私は、そこでやっと頭が柔らかい物に触れている事に気づいた。
車のシートじゃない、あたたかい人の温度が生地ごしに伝わってくる。
私はいつの間にかギイさんの腕にもたれかかって寝てしまっていたようだ。
謝ろうと顔を上げると、そこには初めて会った時と変わらない冷たい瞳が私を見下ろしていた。
怒っているのか、口の端がわずかに震えている。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて離れようとした私を、ギイさんの大きな手のひらが阻む。まるでお父さんみたい、優しいリズムで髪を撫でる手のひらが気持いい。
ところどころマメみたいな物が引っかかるけど、それだって心地良くって私はまた眠りの世界へと引きずり込まれる。
私がうたた寝してる間に外は真っ暗闇、星も見えないその中で私とギイさんだけ。
「こんな気持ちになるのなら、君に会うんじゃなかった」
私に声をかけたんだと思って、眠気と戦いながらギイさんを見たけれど、彼は正面を向いたままだ。私が聞いてなくてもいいみたいな感じがする、ひとりごとなんだろうか。
私の見間違いかな、目元にきらりと光る物があったような。
「名前、運命を、そして僕を恨め」
ギイさんのひとりごとは続く。
物騒な事を言ってるけど、ギイさんと触れている場所が優しくて、甘くて、なんだか溶けてしまいそうで、私は嬉しくて笑った。
「Je t’aime à la folie」
何語?魔法の呪文みたいな言葉が降ってきた後、冷たい何かが落ちてきた。
雨かな、車の中なのに入ってくるなんてひどい天気だな。
「シェイクスピア曰く」
「?」
もう、ギイさんが何を言ってるのかさっぱりわからない。眠気が脳をカチコチに固めてしまっていて、音は伝わるのに理解できない。
「女はバラのようなもので、ひとたび美しく花開いたらそれは散る時である」
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目的地に着いた時には、小さな荷物は安らかな寝息をたてていた。
初めて会った時は驚いた。何代も経ているのにママンと、いやエレオノールにそっくり。違いは日本人的特有の黒髪と無粋なそばかすだけ。瞳の色は深い海の色。
貞義が何かの計画の為に正二の玄孫を連れてきたと聞いて、彼から引き離す為に連れ出したのは間違いだったのかもしれない。
貞義はこの子を引き取るだけ引き取って、会いもしないじゃないか。彼の気まぐれだったのかも。
アンジェリーナの子孫だから、エレオノールの双子の妹の血族だったから助けてあげたかっただけかもしれない。
あの日しろがねにならなかった、幸せになるべきだった子供の片割れ、僕だって彼女に縁のある子供が路頭に迷っていたなら手を差し伸べるさ。
だから僕は正二の依頼を受けた。
初めて顔を見た時、僕に向かって微笑んでくれた時、アンジェリーナやエレオノールに対してとは違う感情が芽生えたけれど、それもいいかななんて思ってた。
不細工な顔だと思った、そんな風に怯えながら笑うのが気に食わなかった。もっと純粋に、僕だけを見て笑って欲しかったんだ。
こんな片手にも満たない子供に惚れるなんて、僕は狂ってしまったんだろう。でも、それも悪くないと思った。
それなのに、さっき僕は名前の寝言を聞いてしまった。僕とあの機械人形が出会った時のことを、名前は知っていた。
うとうと夢を見ている合間、時折ぼんやり開く瞳の色が薔薇色をしていた。生命の水と同じ色、普通の人間には存在してはいけない色が暗闇の中揺らめく。
つまり、この子の中にはフランシーヌ人形がいる、あの時の井戸にあった物が支配している。そのせいで僕の事を恐れている。
僕が自分を壊しに来る破壊者だって。そうだね、僕はフランシーヌ人形のした事についてはまだ許せないでいる。ゾハナ病が憎い。
小さな体を抱きしめると、僕の中の血液が沸騰したかの様に熱くなった。感じるんだ、この小さな『いれもの』の中には確実に柔らかい石が入ってる。
ママンの中に入っていた物の一部が。
今はまだ僕しか知らない、正二が気づいているならもっと厳重に保護するだろうし、貞義が知っていたならすぐに本部に送るはずだから。
だから誰にも話さず僕だけの秘密にしてしまおう。僕のこの気持ちも一緒にしまってしまおう。
この子が幸せな人生を過ごせるように。
「本当に、散るのは一瞬だねママン」
胸元から取り出したペンダントにキスをした。それでも気が晴れなかったのは、その日が初めてだった。
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ギイさん一目惚れと同時に諦める。
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