短編 | ナノ



杜王町駅前にあるカフェ・ドゥ・マゴはお気に入りの喫茶店だ。美味しいし、使い勝手がいいし、雰囲気だっていい。

今日は大学の講義も早めに終わったので、奮発してランチを食べようとやって来たのだが、今日も通りを見渡せる席は彼に先を越されていたみたいだ。

「名前サボりか、いい身分だな脛かじりが」
「別に露伴の脛をかじってるわけじゃないからいいじゃん、第一サボりじゃないし」

岸辺露伴という人間は、他人と関わりたくないというわりに漫画のために人を積極的に観察し物事に首を突っ込む変態だ。

元彼だったこの変な男とは、いっこ年上で先輩な露伴が高校を卒業後、杜王町へ引っ越したことにより縁が切れたと思っていたのに。
その後、私がこちらの大学に進学することになり縁を繋ぎ直してしまった。こんな事になるなら他の大学も受ければよかったな。

「ぼくの家にやっかいになっている、十分脛かじりじゃあないか」
「それはアンタが家に住めって、私が大学行ってる間にアパート引き払うからそうなったんでしょ!?私の敷金礼金がたった一月で無駄になったのよ、しかも家政婦状態じゃない」

私をアパートから追い出しただけでなく、『漫画に集中したい』とかなんとか言って、この男は何でも私に押し付けるのだ。

「雇いの家政婦にしちゃあ家事が下手だな」

ちょっと見下したようなすました顔がムカつく。

もう無視してランチを食べよう。やっぱりカフェ・ドゥ・マゴは美味しい、これで露伴さえいなければもっとまったりできるのに。

そもそも付き合い始めたのも、幼馴染みだった露伴が『漫画の参考にしたい』というから形だけ付き合い始めたのが最初なのに、なんだかんだ振り回されて段階踏んで本当に付き合ってしまったというだけだ。
露伴がデビューして卒業して、私にかまってこなくなったからもう露伴は私なんてどうでもいいんだと思ったのに。

「……なんで露伴は私とまた付き合う気になったの」

高校卒業後自然消滅したはずが、音信不通後数カ月で元に戻ってしまった私達。そう思っていたのは私だけで、母さんや露伴の家族から、私の情報は筒抜けで露伴に踊らされていた。
母さんの裏切り者「結婚できそうもないアンタを拾ってくれる奇特な人よ、大切にしなきゃ」じゃねーよ馬鹿、いや気づかなかった私はもっと馬鹿ですよ。
私が杜王町の大学に行くのを知ってて、この町にアパートを借りたのも知っててあんな事をした。ひどく手の込んだ悪戯だ、漫画の読みすぎ、いや描きすぎの弊害だろう。露伴の行動は独りよがりで突拍子すぎる。
いつだって彼の考えが決定事項なのだ。

「別に別れてなんかないだろ?新生活に忙しかっただけさ」

自分の生活が忙しいからって私を放置したくせに、私の新生活は無茶苦茶にするのね。
顔だけはいいから母さんに受けが良くて、実家にも逃げられやしない。これで好きじゃなかったらストーカーで訴えてやるところだけど、好きだからいつも折れてしまう自分が憎たらしい。

「なんか振り回されっぱなしが嫌なの」

ふてくされてつぶやくと、露伴がふふんと鼻で笑いながらカフェオレを飲み干した。

「名前はこのぼくに不満があるっていうのかい?言ってみろよ、改善してやらんこともないさ」

改善して欲しいところ。
あるにはあるが言うのが恥ずかしくて、小声でこたえた。

「……お願いだからアレの最中にデッサン始めるのはやめてよ」

露伴はいついかなる時も、描きたいときに描く。たとえそれがどんな行為の最中であろうとも。
あれは最低だ。
それとも露伴はそういうプレイが好きなのだろうか。

「焦らされてよがってたじゃあないか。てっきり喜んでいるものだと「露伴、ここ外よ」誰も聞いちゃいない」

誰も聞いてなくたって恥ずかしいでしょうが。

「第一、そんなデッサン少年漫画のどこに使うのよ」
「ぼく用に決まってるだろ」

そう言って私のランチについていたカフェオレに砂糖を入れた。
ちょっと待ってよ、食後に飲もうと思って一口も口をつけていなかったのに。それに私はカフェオレに砂糖を入れない派だ、もう飲めないじゃん。

「なんで勝手に飲むのよ」
「冷めたら美味しくない、飲んでやってるんだ」

なによそれ。
ランチを食べている間中、恨めしそうに露伴を睨んでいたら珍しく露伴の方から折れてウェイターを呼んだ。自分が悪いとは思っていたようだ。

「しょうがないな。君、食べ終わる頃におかわり一杯、ぼくとコイツに一杯ずつ」

結局、久しぶりの優雅なランチは露伴に付き合って終わってしまった。
でもそんな日々も悪くはないかな、と最近思う。