「もう終わりだ…」
補給部隊のいる施設のまわりを大型の巨人が取囲み、立て籠った補給班を喰らおうと壁を剥いでいく。
まるで小さな子供たちが積み木の城を嬉しそうに壊しているようだった。
「俺達はここで巨人に喰われるのを待っているしかないんだ」
補給のできなくなった私達は、ただその光景を近くの屋根に登って見つめている事しかできない。
今は人の多いあの塔に群がっているが、あそこが喰われれば次は私達だ。
「……ジャン」
皆が塔に気をとられている間に、私はジャンの横に移動した。
でもいくら話しかけてもジャンの顔は塔から離れない。時間の無い今悠長な事はしていられない、ジャンの背中をおもいっきり叩き正気に戻らせる事にした。
「痛ってえ!!名前!馬鹿野郎、この大事な時に何しやがるんだ」
さっきまで色のなかったジャンの顔に表情が戻って少しだけ安心する。
「ジャン!落ち着いて聞け、今からお前は一番近い『壁』の前まで行って立体機動で登れ。上に行けば後はガスが切れても歩くだけでトロスト区を脱出できるはずだ」
巨人はあの大型巨人以外は壁の上を攻撃できないだろう。
「そんなガスがどこにある?」
そう、私達のガスは尽きかけている。でもジャンが生き残る方法はあるのだ。
「私のを持っていけ」
私がそう言った時のジャンの顔は間抜けで、昔いたずらをして腰を抜かしていた時の彼の顔を思い出して思わず笑った。
「ジャン、お前は憲兵団に入るんだろ。その為に今日まで頑張ってきたんだ、死んだら全部パアだぞ」
私とジャンは同じトロスト区の出身で家も近かった。昔と違ってトロスト区は巨人との戦いの最前線にある。いつかはこうなるとわかっていた、でも彼だけは助けたい、生きていて欲しい。だって私はジャンの事が……
「馬鹿名前、お前は…お前の夢はどうするんだよ!?」
私の夢……そう私の夢は叶わない。
でも彼が死んでも叶わないのだから、ジャンを優先させるべきだ。
「お前は内地にいる男と結婚して幸せに生きるのが夢だって言ってたじゃねえか!」
そうだよ、お前と結婚して幸せになるのが夢だったよ。
「生きるってのはそういう事だよ。生き残る可能性が高い方を選ぶのが最善だ、最後まで戦うつもりはあるから刃は……」
「馬鹿野郎!!」
言い終わる前にジャンに平手打ちされた、こんな喧嘩みたいな事をするのはいつ以来だろうか。
痛みではなく、死を間近に感じて涙が溢れてくる。
「泣くな!生き残る事を考えろ、生き抜いてマルコやライナーとかに結婚申し込んでみろよ。憲兵団に入る奴らだ、内地に行けるぜ!!」
そこで俺と結婚しろ、と言わない所がジャンらしい。
「ジャン、お前は本当に馬鹿野郎だな」
あまりの報われなさに笑いがこらえられなくなり、ミカサがやって来るまでひとしきり笑った。
今回の死者の死体が焼かれてくのを見て、ふとジャンを助けようとしたとき、最後まで戦う気持ちだった事を思い出した。
「ねえ、なんで私はあの時自害しなかっんだろうね」
自分が残るくせに、最後まで戦うだなんて。
内地に行く事ばかり考えていた私がそんな行動に出たなんて、おかしくって仕方ない。
「最後まで諦めない、生きるっていうのはそういう事なんだろ」
たぶんな、そう付け加えるジャンの横顔は一昨日と違って甘さが抜け落ち、強い光をおびた瞳は見えないなにかを見つめていた。
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