短編 | ナノ



自由の翼。
調査兵団のシンボルであるそれは、今どこに向かって飛び立っているのだろう。
壁外調査に向かう際の陣形は大きな鳥や渡り鳥の大群のよう。さしずめ彼は渡り鳥の群れの主といったところか。



「心臓を捧げるのに空へ飛び立って行くの?」

訓練生としての数年間、私は憲兵団に入ることだけを考えて生きてきた。兵士になるためではなく中央政府の足掛かりとしての一歩を踏み出すために上位優秀者の狭き門を潜り抜けて、今日の卒業式で中央への切符を手に入れた。
壁の中の世界で、立体機動装置というこの不要な装置の修練に励んできたのも全ては憲兵団に入るため、なのにこの男は毎日のように勧誘に現れた。

「私達は自由な鳥だからね」

そう言って笑う男の顔はなにかを企んでいるような暗い影がさしていた。

調査兵団という所は変人の掃き溜めだという、安全な世界からあえて危険な外へと飛び立つ奇人たちの集まりだ。
確かに彼らの調査は面白い。外の世界の話は禁忌と言われ憲兵団に取り締まられるはずが、命さえ投げ捨てれば自由にその外へと行けるのだ。
確かに私は中央政府の不思議な行動や規制の元を調べたいと思うが、命をかける程ではない。それに禁忌に触れるには禁忌を取り締まる側に行けばいいだけの事だ、だから憲兵団に入る。
私には一切関わりのないその調査兵団の団員は、私に調査兵団に入れとしつこく勧誘に来る。だがそれも今日で終わりだ、私は憲兵団を希望しこの地を去る。

「賭けをしないか?」

勧誘に来た男はそれでもまだ諦めない様だ。

「次の壁外調査で兵の半分以上が帰ってくれば私の勝ち、私が死んだら君の勝ちだ、もう勧誘には来ない」

それをして私と彼に何かメリットがあるのだろうか。

「本当の鳥なら巨人に食べられないでしょ?人間は鳥になりたくて羽をたくさん張り付けたって外へは飛んでいけない」

私達はただの人間なのだから、食べられるだけだ。

「だから君の野心の翼は中央へ向かうんだね。」

そうだ、私には野心がある。だから死ねない。
この壁の中で隠れた神秘に触れたいのだ、きっとそれは危険でもしかすれば死ぬ、いや消されるかもしれない。だが楽しいだろう。

手に入れてはいけないものほど、欲しくなるものだ。

私は面白い事に首を突っ込む事が好きだ、命とは賭けるためにある。その点だけはこの男と私は共通点があるのかもしれない。


憲兵団の仕事、というよりも堕落したその団員達になれてきたころ、勧誘男――エルヴィンはまた現れた。

「ナイルさん、私は仕事があるのでこれで失礼します」
「憲兵団にたいした仕事もないだろう」

上官であるナイルの部屋に呼ばれ中に入ると待ち構えたようにエルヴィンが扉の前に立ち退路を絶った。

「一角獣は女の子が好きだから上手くやっていけていると思うけれど」

憲兵団は思ったよりも刺激が少なく内部組織も腐っていた。しがらみも多く昇進も少ない。

「でも君は賭けには負けたらようだ。調査兵団に来てくれるね、きっと君を憲兵団以上に満足させる」

エルヴィンは嬉しそうに私の両手を包み込みあの笑顔で笑った。
その、なにかを含んだ笑顔に毒の様に刺激的な裏を感じ、思わず私は頷いてしまった。