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カチャカチャと食器の音だけが部屋に響く。
(気まずい……)
ディオとジョースター卿だけがなごやかに会話を続けながら、出された夕飯を口に入れていくが、私はそんな気分になれなかった。
ついさっき、ジョースター卿に怒られて出ていってしまったジョジョが気になって仕方がない。何度も扉を見つめ、ため息をついた。
「ナタリアまた残したのか」
私の目の前にあるメインディッシュは半分以上が残ったままだ。
昨日も突然の引っ越しと豪華なホテルに驚き、ちゃんと食べる事ができなかったので、今日はなんとか胃に押し込もうとするのだが、どうしても手が止まってしまう。
「体調が悪いのかい?」
「いえ、この子は緊張すると食が細くなるだけです」
心配するジョースター卿にディオがにこやかな顔でこたえる。
本来なら、この空間はジョジョとジョースター卿の物だったのだ。親子二人だけの世界に私とディオという異分子が入り込んで、少しずつ歯車が軋んでいく音が聞こえた。
私達を引き取ってくれて嬉しいけど、こんな状態は望んでないのに。
(ジョジョは大丈夫なのかしら?)
もし、私とディオの世界に異分子が入り込んだら、私はショックでふさぎこんでしまうだろう。
ジョジョがこの部屋を去っていく時の寂しそうな顔が気になって、どうにも落ち着かなかった。
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静かな廊下を進んでメイドに教えられた扉をノックをするが、反応がない。
「……ジョジョ?」
「ナタリア?」
声をかけるとようやく部屋の主が反応した、でも扉は開く様子がない。もしかしたら今は誰とも会いたくないんだろうか、私は構わずにそのまましゃべりはじめた。
「ごめんね、ジョジョに悪いことして」
すこし間があってからジョジョが話始める、どうも声の大きさからしてドアのすぐ向こうにいるみたいだ。
「そんな、悪いことなんて…僕が駄目なだけだよ」
「…そうかな」
それきり、言葉を詰まらせていると、突然部屋のドアが開いてしょんぼりした顔のジョジョが顔を出した。
「そうだよ。もし君がこのこたえに不満があるなら、謝る代わりに、明日僕の友達と一緒に遊んでくれると嬉しいな」
ジョジョは私の頭を優しく撫でながら頬にキスをした。お母さんとディオ以外の人にされるのは初めてでドキドキする、でも、ジョジョとは家族になったんだから普通の事だよね。
そのうちジョースター卿とだってするようになるよね。慣れること、できるかな。
「友達?」
「ダニーっていうんだ。僕の小さい頃からずっと一緒にいる犬なんだ、君は犬は怖くない?」
ジョジョはなんだか不安そうな顔をしている、たぶん、大切な友達が嫌われてないかが心配なんだろう。
「大丈夫よ、私動物は好きなの」
そう言うとジョジョは安心したように笑った。
「良かった、これから仲良くしようねナタリア。明日また会おう、おやすみ」
「おやすみなさいジョジョ」
閉まっていくドアの向こうの顔は出会った時以上に優しい顔をしている。彼となら、上手くやっていけるような気がした。
その後自分に与えられた部屋に戻ったのだけれど、全然眠れなかった。
新しい生活への不安、ジョースター家の事、ディオの態度。いろんな事が頭をぐるぐる回って、いつの間にか涙が溢れてしゃくり上がった声が部屋に響く。
見慣れない部屋からの薄ら暗い景色がより一層不安を掻き立てた。泣き始めてどれくらいたったくらいだろうか、部屋のドアが予告なく開いた。
「うるさいぞナタリア、隣の俺の部屋にまで聞こえて眠れやしない」
ディオだ。不満そうな顔で、私が被っている布団を引き剥がす。
「枕を持って俺の部屋に来い」
それだけ言って自分の部屋に帰ってしまった。私はあわてて大きな枕を一つ抱き抱えディオの部屋に向かった。あまりに急な出来事に涙は引っ込んでしまった。
ディオに抱き込まれてベッドに横になると、さっきの不安が嘘のようにはれた気分になる。
「ジョジョって優しそうな子よね、仲良くなれるといいね」
向かい合うベッドの中でディオの手があやすように私の背中に回っている、ディオの体温と布団の柔らかさが心地よくてうとうとする。これなら眠れそうだ。
そう思ったのだけれど、私の言葉の後に急に部屋の雰囲気が悪くなってきたような気がする。
「ナタリアアイツには近付くんじゃあないぞ、むやみに仲良くするな」
ディオの顔は私の頭の上にあって見えない。ただ、冷たい空気だけが背筋を通っていった。
「う、うん」
「よし、いいこだ」
(今の冷たい空気はなんだったんだろう)
ディオに聞くのはちょっとこわい。だから自分一人だけで考えてみたが、思考回路はすぐに眠気の波に飲み込まれて、何も考えられなくなった。
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