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「最近、お母様の体調が良くないの。お父様も流行り病にかかってから、ちっとも家に来てくれないの。もう治ってるって言ってたのに…」
久しぶりに来てくれたディオはいつものようにベンチに腰かけ、分厚い本のページをめくる。
髪の影からちらりと覗く目は精悍で美しい、鋭いナイフの様だ。その目線は相変わらず私に向けられない。
お父様やお母様もご自分の事に手一杯で、私はひとりぼっち。
気紛れに可愛がってはくれるけれど、そこに『愛』があるかは私にはわからない。いつも与えられるのは『愛』ではなくて金や物ばかり、もっと一緒にいたいのに、楽しい『時間』をずっと過ごしていたいのに。
(お父様やお母様、ディオにとっての私って何なんだろう…)
ひとりはさみしい。
でもみんな離れていってしまう。
最近はディオの体も大きくなって、大人の体になってきた。来る機会も減ってきているし、彼もここで学ぶ物が無くなれば、お父様みたいに家に来なくなってしまうんだろうか。
「いい医者がついてるんだ、その内元気な顔を見せに来るさ。お前の父親は元軍人だろ?体は丈夫なんだ、流行り病なんてどうってことないさ」
ディオは珍しく私の顔をのぞき込んで心配してくれた。
「……うん、そうだよね。ディオのいう通りだね」
「心配し過ぎると知恵熱が出るぞ。自分にどうにも出来ない事は考えるな、看病する俺の身にもなれ」
面倒くさそうにしゃべるけれど、ちゃんと私を見て話してくれる。それが少しだけ嬉しい、でも…
「ディオは次いつ来るかわかんないくせに」
そう呟くと、ディオはいつものしたり顔の笑みで私の頬を摘まみ上げ引き延ばす。痛い。
「俺はナタリアと違って忙しいからな。寂しいのか?」
「ううん、寂しいなって時はディオが来るまで我慢するから大丈夫」
私はディオの腕に抱きついて寄りかかった。ディオは一瞬、眉を寄せたが手元の本に視線を戻し読書に戻っていく。
「ディオは変わらないね」
ディオの体温があたたかい。
この屋敷の中から出られなくても、ディオが来てくれるから大丈夫。
気紛れだけど、外の風を私に運んで来てくれるから、そう思った。
でも、この時既に楽園は崩壊し始めていたのだ。
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