その後のウォール・シーナまでの旅路は酷いものだった。

はじめ私達は、ウォール・マリアさえ越えれば助かると思っていたのだ。だけど、自宅に戻り馬に乗ってウォール・マリア内の駐屯兵団詰所に到着したその時、絶望の音を聞いた。

壁を振り返ると、巨人がウォール・マリアを壊した後だった。
その後の事は良く覚えていない。
私は無我夢中で助けた赤ん坊を連れ、必死に馬で北へ駆けた。日中は食べる間も休む間もなく、戦い、途中の街や村で避難を促して、また駆けて、村へ着いて……そんな事を何回繰り返しただろうか、トロスト区になんとか辿り着き、母と祖父に合流し、ウォール・シーナの屋敷で姉に迎えられた。

助けた人たちには感謝されたけれど、その何倍もの人を見捨てての避難だった。あまりの後悔に、それから一年自分の無力さを呪い、私は調査兵団に戻る事ができなかった。

連絡を絶った私に調査兵団から使者が来たのは、体の傷も癒えて、また立体機動の練習を始めた頃だった。団長になったエルヴィン班長が私を迎えに来たのだ。


「皮肉ね。壁が壊れる前は調査兵団に援助する事は無駄な道楽だと笑われたけれど、今じゃ人類の希望を支える素晴らしい家だと讃えられ、有力者たちからは口べらしの事業だと称賛される…」
「姉さん」
「ナナ黙っていて。エルヴィン、妹は一年前心と体に傷を負って命からがら逃げてきたの。体の傷は癒えたかもしれない、でも心はすぐに治らないわ。その傷ついた妹を今、調査兵団に復帰させるなんて絶対に認められないわ」

ウォール・マリアが破られる前は調査兵団に入ることを凄く喜んでくれた姉さんだが、今は懐疑的だ。
姉さんは家が政治抗争に巻き込まれるのを恐れている。我が家は『異端者』だ、目立つ事は避けたい。

「彼女が必要なんだ、我々は常に人手が不足している。少しでも実力者を揃えたい。それに君だって本当は戻りたいはずだ、『外』に行きたいのだろう?」

そうだ、私は外に行きたい。
この一年間、リリーと屋敷に引き込もって外の世界の事を考えないようにしていた。でも今、エルヴィン団長の一声が私の心を震わせる。
あの初めて出た外側の世界を、もう一度見たいって思う。もう一度…

「リリーを、あなたの娘を置いていくの?この子は物心つく前に母親を二人も失う事になるのよ!?」
「姉さん!私は…」

それでも外に行きたい。
その一言がなかなか言い出せないのは、腕のなかにいるリリーから伝わる体温のせいだ。この子を置いていかなくてはならないのだ。この一年間、出会ってからずっと私を支えてくれたこの子を。

「ナナには他の人には無い才能と、巨人に立ち向かう強い心がある」
「だからって、今ナナが行かなくてもいいじゃない!!調査兵団には『人類最強』の兵長様がいるんでしょう?十分だわ」

人類最強の兵長?
私が調査兵団にいた時そんな人はいたかしら?私は壁外調査には一回しか参加しなかったし、同期以外の兵の事に興味がなかったからさっぱりわからない。
口論する姉とエルヴィン団長をよそに頭をひねっていると、エルヴィン団長の付き添いの人が私に話しかけてきた。

「ナナ・ノーム、お前はどう思っている?」

身長はたいして大きくないけれど、ひどく存在感を感じる人だ。あまり明るい性格では無いのだろう、影のさした横顔は、私に話し掛けているのにこっちを向いていない。

「あなたは?」
「彼が噂のリヴァイ兵長さ」

エルヴィン団長が紹介してくれたけれど、彼は挨拶も交わさずにただ先程の質問を繰り返す。

「お前はどうしたい?」

私は…私は……

「外に…外に行きたい」
「ナナ!!」

「じゃあ俺に着いてこい、今日からお前は俺の部下だ」

そう言って、リヴァイ兵長は応接間から出ていってしまった。

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