家の戸を開けると、我が家の匂いがした。
入ってすぐ見える居間に駐屯兵団の上着を着たおじいちゃんと母さんがいて、笑って、ただいまと一言声をかけた。
その瞬間、我慢していたはずの涙が止まらなくて鼻の奥がツンとする。

「泣き虫は10才で卒業したって聞いていたが…」
「父さん、そんなの嘘に決まってるじゃない。この子この前失恋したーって言って大泣きしてたわよ、泣き虫は治らないわ」

帰って早々に泣き出して、座りこんでしゃくりあげ始めた私の頭ををおじいちゃんがやさしくなでてくれた。
あったかい。
私、生きてるんだ。
帰ってこれたんだ、壁のなかに。

壁のなかは窮屈だけど、あたたかくて幸せに満ちている。

「……今からでも遅くないのよ、駐屯兵団に入団したほうがいいんじゃないかしら」

私の母と祖父は駐屯兵団の団員として、このシガンシナ地区を守っている。おじいちゃんの父親もそうだった。ずっとずっと守ってきた。
でも私は父さんの夢を叶えたい。
父さんは『異端者』だった。そこそこの地位と財産、そしてあまり外で話をしなかったから取り締まりにあった事はないが、外の世界を夢見て、調査兵団に資金提供を続けた。
体が弱くて外に出られない父さんは、ウォール・シーナ内の邸宅からよく鳥を飛ばしては外の植物を集めていた。

私は亡くなった父さんの、家を継いだ異母姉の鳥になって夢を届けたいんだ。

「ううん、調査兵団がいいの。壁の外は美しかったわ、もう一度、いや何度だって行きたいの。この目で、手で外の世界を調べたいの」

震えながら断る私の言葉を聞き終えた母さんは少しだけ寂しそうな顔をした。母さんに対して親不孝をしている事に、胸が痛む。

「そう…でも、次の壁外調査はだいぶ先でしょう?それまで家でゆっくり……」

ズシン

母さんの声を遮るように地鳴りが響いた。

「地震?」

一番窓辺にいたおじいちゃんの顔に色がない、開ききった目だけが揺れていた。

「……壁が」
「壁?」

私たちの家はウォール・マリアの門の目の前にある丘の上に建っていて、おじいちゃんの立つ居間の窓からはシガンシナの外に面した壁がよく見える。
窓に近づくと異変がすぐわかった。
壁が、さっき通ってきたばかりの門が壊され、大きな巨人が街を見下ろしている。
そんな、まさか、どうして……

「仕事だ!二人とも、街を守るぞ!!」

おじいちゃんはそう叫んで、ウォール・マリア前の詰所へと駆け出していく。
でも、どうやって守るの?
私たちに考える時間はなかった。

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