朝食をとった後もあまり人に会いたくなくて、兵舎の奥で立体機動装置の整備をしていた。無心に何かに集中していると気が紛れるものだ。
帰る途中、やけにうるさい連中が訓練場にいるようで兵舎の中にまで声が響いて仕方ない。迷惑だと怒鳴りつけようと訓練場に続く扉を開けたが、そこには訓練学校を卒業したとは思えないほど情けない兵士の姿があった。

「ん?」

三人の新兵が立体機動装置のワイヤーを絡ませあいながら木に吊られていた、しかもそのうちの一人は今朝は会いたくないと思っていた相手だった。

「早く!」
「早く下ろせ!!」
「そんな事言ったってほどけないんだから仕方ないでしょ、ちょっとじっとしててよ」

一番地面に近い場所にいるペトラ・ラルが他の二人に絡まったワイヤーを懸命にはがそうとするが、二人がむやみやたらに身を捩るのでなかなか抜けられない様だ。これは当分かかるだろう。

あまりの馬鹿さに漏れでた溜め息を吐ききり、三人を無視して踵を返して帰ろうと身を返すと、外に出た時は気づかなかったが同僚と上司の三人が壁に背を預けて吊られている新兵共を見物していた。

「助けてやらねえのか?」
「獅子は千尋の谷より子を落とすのさリヴァイ、手助けしない方が彼らの為になる事もある」

そんな真面目な事を言っているがエルヴィンの顔は笑いを必死に堪えようとしすぎてひきつっていた。お前のその変な顔のどこが獅子なんだ。

「ほんとお漏らし三人組は仲良しだよね、あの子達あなたの逆手持ちの真似を訓練中にしようとしてああなったんだよ。リヴァイもかわいい部下にお友達が出来て良かったじゃない、しかも慕われちゃってまあモテモテだねえ」
「お前ら三人とも休日に子供の成長を見てる父親みたいだぞ、気持ちわりぃ…」

自分も含めて、ただでさえ、そんなに若くはない調査兵団の古参の面子がさらに老けて見える。特にエルヴィンとミケなんてもう父親そのものだ、どこの家庭にいてもおかしくは無いくらいだ。

「そりゃあ、私達はナナとの付き合いは長いからな。リヴァイは商会との会談を面倒臭がってあまり来なかったから知らないだろうけど、あれは小さな頃から家族に連れられて調査兵団に出入りしていたから、成長して兵士として入団してきたのを見るだけで父親みたいな気持ちにもなるさ」

そういえばこの三人、特にエルヴィンはナナとの付き合いが長いようだ。壁外でナナを煽っていたのも気になっていて色々と聞きたい事がある、後にでもエルヴィンの部屋で詳しく聞こう。そう思いつつエルヴィンを睨みつけた。
直属の上司である自分が把握していない事を他の者が知っているというのは気に食わない。

「でもまだまだ、兵士として板についてないないね」

そうだな。

「いや、むしろ板そのものだ。あれで本当に16なんですか?昔とたいして変わらないですよね」

何言ってるんだミケ、お前の目は節穴か?

「そうだよね」

ん?ちょっとまて、『板そのもの』ってどういう意味だ。ワイヤーで絡まる調査兵団なんぞが兵士らしいとでもいうのか?

「もうちょっと大人になってもいいと思うんだが……」
「団長、本当にお父さんみたいですよ」
「やっぱり小さな頃から見てると心配でね」
「そういうもんですか」
「まあまだ二次成長は始まったばかりですから……」

『二次成長』その言葉で三人の言っている意味と視線の先を理解した、こいつら何馬鹿な事を言ってるんだ。

「でも色気は出てきたよね。父親譲りの白い肌と髪がお人形さんみたいだったけれど、あんな風に元気よく動いてると普通に女の子なんだなって…」

元気よく動いてとはいうが、どう考えても今はその逆の状態だろう。長い間ミノムシみたいに逆さに吊られていたせいか頭に血がのぼって顔は真っ赤になり、苦しさに喘いでいる。色気というより死期が迫っているようだ。

「馬鹿な事言ってないで早く下ろしてやれよ」
「そんな事、私達に言う前に貴方がすればいいじゃない。まあもう限界だね、壁外でこんな事にならないように新兵君達にはもっと訓練してもらわないと」

そう言いながらハンジは立体機動装置を吹かし、絡まったワイヤーのうち一本のアンカーの刺さった木の上へと移動した。俺も同じように別のアンカーの先へ移動しアンカーの刺さった幹を切り刻んで外す。

「うぎゃっ!!」

蛙が潰れたような叫び声をあげて三人は地面へと落下した。それを確認してから三人の前に降り立つと、よろよろと生まれたての家畜みてえに動き出した三人に囲まれた。

「兵長ありがとうございます…」

震えながら必死に感謝を伝えてくるが、落ちた時の打ち所が悪かったようでオルオとペトラの顔には大きな擦り傷ができている。

「オルオとペトラは医務室に行って顔を手当てしてもらえ、ナナは…血がのぼってるだけで大事ないな。今は動かずにそこで休んでろ」
「すみません兵長、昨日といい今日といい失態ばかり見せてしまって。次の壁外調査ではこんな事無いように……」

ナナに地べたに座り込んだまま、血がのぼって真っ赤になった顔で上目使いでそう言われると、どうしても今朝や昨日の事を思い出してしまい顔を直視することができない。

「オイ、ハンジ!!こいつを宿舎に連れていけ、今日は休みだから部屋にぶち込んで休ませておけ」

全部あのメガネに任せてしまってここから早く去ろう、そう思って踵を返すと兵舎の側にいたエルヴィンが俺の肩を掴んで引き止めた。

「今から商会と会合があってね、是非リヴァイにも出席してほしい」
「嫌だぜめんどくせえ」

商会との会合なんて、壁外調査での損失についてネチネチと文句垂れるだけの不毛な時間だ。無駄飯食らいだの無能だのそんな文句を言われるだけの場所に誰が好き好んで行くか。

「ナナのお姉さんも来るんだよ、彼女はご立腹だ。どうも先日の壁外調査で妹を最前線に立たせた事が逆鱗に触れたみたいでね」
「全部お前の指示のせいじゃねえか、自業自得だろ?」
「せっかく壁の一番内側からお越しいただくんだ、これを機にあの家が隠してる物を憲兵団に取られる前に引き摺り出したいんだよ」

ご立腹なスポンサーをものともしない言い方に、この後の会合の行方が心配になる。
ナナの姉とは何回か顔を合わせた事がある、歳は俺と同じくらい、父親の死と同時に家を継いでいる、あの家は父親の代から税金の無駄遣いと言われていた調査兵団を支援している物好きで高価な馬を兵団に納入している。夫は調査兵団を怪我で退団した兵士、公私共に調査兵団と関係が深すぎる、それなのに『隠している』物なんてあんのか?いや、実際妹を一年間隠してはいたか。

「支援者に酷い物言いだな、調査兵団に金を喜んで捨てに来る奴なんてそうそういないんだぞ。第一何を隠してるって言うんだ」
「禁忌だよ」


「……は?」

禁忌って何だよ、禁忌って。

「あの家の父親は地下街出身だ、君と同じように数十年前に地上へでて兵士になった。ただ君と違うのは彼は体が弱かったので技術畑に行った事と…」

数十年前?父親はいったい何年生まれなんだよ、生きていたとしたら今60くらいか?俺と同じくらいの年の子供がいるんだから地下街で俺と顔を合わせた事も無いだろう。

「地下街では憲兵団に検閲されるような類いの文書を集めていたという事かな?主に壁外の過去の文献をね、私はそれを探していてね。過去に失われた『戦争をしていた時代の兵法』実際、君は先日体験したじゃないか、ナナから聞かなかったかい?あれは昔の撤退戦の一種でね、逃げるだけでなくむしろ反撃する事によって…」
「おい、ちょっと待て。壁外の文献ってそりゃ検閲どころかしょっぴかれる対象じゃねえか!?それをナナが知っているってのはどういう事だ」

何でもない、ちょっと世間話でもするような感じでエルヴィンはとんでもない事をベラベラと口にするが混乱しているのは俺だけでミケはどうでもいいといった顔でいる。

「ナナはあの家の本棚がわりの1つだよ、父親が文献に残っていない物を全部あのこの頭に入れたんだ。だから彼女も検閲対象だった、それで憲兵団から隠す為に一番王都から離れたシガンシナ区の母親の実家に預けられて、この一年は屋敷の中で監禁されていた訳だ」



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