壁外調査も終わって、これから次の壁外調査までの1ヶ月間は次の調査までの準備と訓練が兵士たちの仕事だ。
特に帰ってきてからの1週間程は心身を休める為にもあまりキツい訓練は行われず、調査兵団にはゆったりとした空気が流れているはずだった。

「オルオ?」
「なんだペトラ凄い顔して、ついに俺の凄さに気づいたか?まあ俺は…」

朝食の時間、兵舎の食堂に冷たい空気が流れる。その空気の流れの元にいるのは新兵を中心とした五人だ、特にペトラからの冷気が強く部屋中の雰囲気を凍らせた。

「それ違っていてほしいんだけど、もしかしてリヴァイ兵長のつもり?」

ペトラのある意味とても心のこもった低音が朝食のテーブルに響いた、これは凄く怒っている雰囲気がする。

壁外調査から帰って二日目の朝、休暇明けのオルオの髪形が劇的に変化していた。昨日までは普通の…というかあまり気にしていなそうな無造作な髪形だったそれは、ツーブロックに特徴的な前髪の分け方をした髪形に、いわゆるリヴァイ兵長によく似た髪形に変化していたのだ。

「何言ってるんだペトラ、俺は昔からこうだ…」
「…オッオルオ、兵長みたいな髪形でいいね!私もそんな風にしてみようかな」

それにはだいぶ髪を切らなくちゃいけないけれど。
そうつけ加えつつ自分の髪を弄った。父親譲りの色の薄い髪は立体機動装置の邪魔にならないように編み込んで纏め上げマーガレットという形にしている。身長のせいか体型のせいか、子供どころじゃなく男の子に見られる私にとっては女性を主張する大事な髪だが、リヴァイ兵長とおそろいになるなら切ってもいいかもしれない。

「ダメよナナ、そんなに白くて綺麗な長い髪なのに切ったらもったいないわ」
「別に…綺麗なんかじゃないよ色が薄いだけで、日に焼けてすぐ黄色っぽくなっちゃうし。ペトラの髪のほうが日にあたるときらきらして綺麗だと思うな」

ペトラや母さんみたいな金髪には憧れている。

「それにオルオの髪は兵長になんて全然似てない、癖毛で色も違うし何より顔が違うでしょ?ひと欠片も似てないわ」

「………」

ペトラからオルオへの冷たい空気はかわる様子がなさそうなので私とグンタとエルド三人は顔を見合わせた後、諦めて黙って朝食をとる事にした。



グンタとエルドが所属する隊の訓練に参加する為に席を外した頃には、食堂の人はまばらになっていた。

「ところでナナ、昨日の兵長について報告!」

ペトラのその言葉とともに、私とペトラとオルオの三人は顔を寄せあって小声で話始めた。

「昨日は休暇だったけれど、上への報告書作りの手伝いとちょっとした鍛練をいっしょにしたの…」

壁外から帰ってきてから仲良くなった私達は、リヴァイ兵長の動向を共有するために自分の知ったことを報告し合う事にした。ちょっとした兵長ファンクラブみたいな事をしている。

兵長と同じ隊にいるのは私だけの為、報告するのは私中心になるだろう。
報告して、兵長のかっこよさを確認し合うのはこういうみんなが暇になる時間帯に合間をみて行う事にした。兵長に見つかると恥ずかしいから、こっそりとだ。

「兵長は王都出身のゴロツキだったって噂だったけど、そんな風に思えないくらい字は綺麗だったよ。あ、でも絵は下手だった」

報告書に描いてあった巨人の絵は、なんともいえない味のある感じだった。

「…兵長かわいい」
「俺も絵は下手だったな、うん」

オルオはよく兵長と自分を比較して、兵長に似せていく傾向があるみたいだ。

「あとメチャクチャ体が柔らかかった。対人格闘が強すぎて瞬殺されちゃった…」

立体機動装置の訓練の時にはわからなかったけれど、兵長は身長の割にガッチリした筋肉がついていて重い。組まれた瞬間に押し倒されてしまい、もうほんと一瞬で終わってしまった。

「格好いいな」
「ねえナナ、瞬殺ってさ投げ飛ばされちゃったの?ナナなら投げ飛ばせそうだけど、他の人に対してはどうだった?」

確かに、あの身長だとあまり強そうには見えない。でもあの身体能力ならミケさんや団長あたりの人でも上手く渡り合える気がする。

「投げ飛ばされたんじゃなくて、腕を固められて後ろから押さえ込まれちゃった…もう一瞬だったよ。他の人に対してどうかはよくわかんない、私と兵長二人だけの鍛練だったし」

昨日は本来なら休暇だったから、他に鍛練につきあう人もいなかった。

「いいなぁナナ、同じ隊でさ」
「羨ましい」

「あ、なんか今度兵長直属の班を作る予定があるらしいよ。斬り込み隊だから討伐の実績が高い人を引き抜くんだって」
「頑張れば同じ班になれるかも…って事か」

オルオとペトラの瞳が輝いた。
二人は今期卒業の成績優秀兵らしいから調査兵団になれていけば、卒業ラインすれすれの私と違って実績はすぐにつくだろう。

「そういえばナナが兵長と撤退を指揮していたけど、あれは兵長が考えたの?」
「ううん、あれは家にあった古い本に書いてあった撤退戦のひとつで……」

「何こそこそ喋ってんの?お漏らし三人組さん」

ハンジさんのほがらかな声が静かな食堂に響きわたった。

「……ハンジさん、『何』三人組って言いました?」

「だからお漏ら―――」
「ギャ――――ッ!!ハンジさんそれ誰に聞いたんですか!!」

どうもトロスト区での会話を聞かれていたらしく、既に噂はハンジさん達古参の兵にかけめぐっていた。調査兵団の噂こわい。

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