(…ここはシガンシナじゃないし父さんはもう亡くなった、こんなのはただの幻だ。昔の事を思い出していたからこんな幻を見たんだ)

父さんが亡くなったのは5年以上も前の話だ、逃げるときに父さんの言葉を思い出したから記憶と現実を混同しているだけだろう。

頭を横に振った後両手で叩いて気合いを入れ直す、呆けている暇なんてない、帰ってきてもまだまだやることは沢山あるのだ。

無事にトロスト区の門の中へと帰還した兵達は駐屯兵団の詰所で怪我の処置をした後、ウォール・ローゼ内の調査兵団本部に帰る事となった。今回は負傷者が多いため、ここで一晩様子を見てから隊列を組んで帰る。

そのせいか毎回隊列を見ようとやって来る人達は駐屯兵団の建物の前に列をなした。その見物客の列の中に、ここではあまり見ないはずのエンブレムを着けた兵士が見える。

(あの人は…)

一角獸のエンブレムに長身と黒い髪、憲兵団師団長のナイル・ドークだ。なぜ憲兵団のトップガこんな内地の外れにいるんだろう、エルヴィン団長と何か話でもあるのだろうか?彼は団長とは旧知の間柄だ。でも彼は駐屯兵団の建物に入らずそのまま人混みにまぎれ去っていった。

「ナナ!!」
「お祖父ちゃん…」

駐屯兵団の建物の入口からじっと外を見つめていたら、出発の時にはいなかった祖父が見物客の列を掻き分けてやってきた。腕の中にリリーがいるのはまだわかるのだが、いつも日中着ているはずの駐屯兵団の制服を着ていない。

「…無事でよかった、一年前みたいに傷だらけで帰ってくるのかと心配だったがなんともないみたいだな。お前もあの男も俺の娘も、みんなやりたい事ばかりして心配ばかりかける。待っている俺は寿命まで心臓が持ちそうに無い」

そう言ってリリーを抱きなおす。冗談のように喋っているが顔は厳しく、まるで調査兵団を辞めろと言わんばかりだ。

「心臓は捧げたから、もうここに無いんじゃないの?」
「駐屯兵団は退団したよ、もう年だからね。立体機動装置に体がついていかない、私はこの街でリリーやあいつとお前の帰りを待っているよ。そして俺を安心させてくれ」

『安心させてくれ』それは無事に帰ってこいという意味なのか、それとも辞めろという意味なのか。

「ねえお祖父ちゃん、憲兵団の師団長が来てるみたいなんだけど駐屯兵団に何の用事が…」
「おいナナ、エルヴィンが呼んでいる。早く中に入れ」

駐屯兵団に所属していたお祖父ちゃんならわかるかと先ほど見た師団長の事をきこうと思ったが、リヴァイ兵長の呼び声で会話が中断した。

「団長が私に用事ですか?」
「知らん早く行け、上官命令だ」

リヴァイ兵長に襟を捕まれつま先立ちになった私は、祖父と別れエルヴィン団長の待つ駐屯兵団の客間へと案内された。ずりずりと引き摺られた後が廊下の敷布に描かれてしまったがよかったのだろうか。

「前みたいに抱えあげればいいじゃないですか」
「めんどいし疲れる、やなこった」

客間に入ると今日奇行種に襲われていた四人がいた、どうやら先に話をしていたらしい。

「ナナ君はリヴァイの部下だ、壁外で陣形を乱すことは死に近づく愚行だよ。今後はよく考えて過ごすように」
「すみません」

「だが撤退での動きは上々だ、今後は事前に作戦に組み込むから次回の会議までに案を出してほしい」

『次回』そうだ、調査兵団にいる限り『次回』がある。少しだけ私と奥にいる四人の空気に緊張が走った。
そんな私たちが面白いのか団長はにこにこ笑っている、兵長は…兵長はいつもどおりの仏頂面だった。

「もうよろしい、夕飯の用意ができているから五人とも早く食べてきなさい。君たち五人は年が近いから」

追い出されて五人で食堂を目指す途中自己紹介をした、エルドとグンタは私より先に訓練兵になりウォール・マリア放棄の後に調査兵団に入団したらしい。私より先輩になる。
残りの二人ペトラとオルオは今年入団の新兵だ、でも私にはブランクがあるから同期みたいな感じになるだろう。

「あの時はありがとう」

ペトラが私の手を握って感謝の言葉を伝えてくるけれど、彼女とオルオを助けたのは私じゃない。

「えっ、いや私は何もしてないし…お礼ならリヴァイ兵長に…」
「いや助けに来てくれただけでもありがたいよ」

オルオはその癖のある髪をかき回して照れている。

「あの時こいつら二人とも腰抜かして漏らした…」
「「エルド!!」」

それは…人の多い食堂で当事者の前で言うなんて、エルドはけっこう意地悪な性格なのかもしれない。

「そっ、そんなに恥ずかしがる事じゃないよ!私も初陣の時はやっちゃったし…」
「いや恥ずかしいだろ、フォローになってない上に上塗りしてるぞ」

あきれ顔でグンタにたしなめられた、ああ命の恩人フィルターもこれで無くなったかもしれない。

私達が食べ終わる頃にリヴァイ兵長が入ってきた、あの男性としては小さな体が私達を助けてくれたのだ。

「かっこよかったよねあの時の兵長…」
「「「「うん」」」」

五人で食後のお茶を飲みつつ舐めるように見ていると、急に眉間の谷間を深くしたリヴァイ兵長に睨まれた。

「怒っている顔もかっこいいな」
「「「「うん」」」」

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