「さあ私の横へおいで、これからが君の仕事だ」

本隊に戻った私達を迎えたのはエルヴィン団長と半数になった、半数に減った負傷者だらけの団員だった。
この人達を率いて帰るのに本当に私が役に立つのだろうか?一年前に犠牲になっていった駐屯兵団の人達の顔が頭をよぎる。

「負傷者は空になった荷台でひいて帰る、重さは行きと大して変わらないから機動力は落ちないが…索敵陣形は行きの半分以下となる」

陣形を大きく広げる事が出来ない、それは巨人と遭遇するリスクが高まる事を意味する。
巨人は人の集まっている所に、まるで火に飛び込んでいく夜間の虫たちの様に群がる習性があるのだから。

「人は離した方がいいかな?」
「いえ、機動力が残っている今のうちに中央突破します」

人のいない壁外で撤退するために戦力をバラける必要はない、撤退には勢いが必要だ。そこで置いていかれる事は死を意味する。
一人でも多く帰すならば戦力を無駄に消費する事は避けたい。

(『消費する』なんて酷い考え方だ)

「エルヴィン団長は前で指揮をし、本隊は巨人と遭遇しても交戦せず一直線にトロスト区を目指してください」

頭を守るのが最優先事項だ、馬に乗っている限りはなんとかふりきれるはずだ。

「分隊長は負傷者を補助しつつエルヴィン団長に続いて、リヴァイ兵長と私は最後尾で危険な巨人を優先的に駆逐します」

実力のある者が最後にいないと追いつかれてしまう。



「めんどくせえ」
「それだけ、あなたの実力を買ってるって事さ。信頼されてきてるねぇ」

ハンジさんのからかいに返さないくらいには、兵長の疲れは蓄積しているようだ。

(あんまり表情に出ない人みたいだから…たぶん、だけど)

帰りは一直線に街道を進む為、どうしても後ろへの警戒が薄くなる。それを少ない人数で守るのだから兵長への負担は大きいだろう。
先ほどから遭遇する巨人のほとんどはリヴァイ兵長が駆逐しているのだ。

(信頼、いや盲信なのかもしれない)

そうなってしまうくらいに、今日見た兵長の戦いっぷりは私の頭に焼き付いてしまった。

「右翼が乱れたぞ!巨人の群だ!!」

(…もう後少し進めばトロスト区なのに!!)

敵襲だ。
どうしても、帰還を最優先に考えて全速力で馬を走らせているため本隊は応戦できず崩れていく。

「本隊は体勢を立て直してトロスト区へ!!後ろは絶対に振り返らないでください!」

喰われていく仲間を振り返るな、そう言っている私の顔を物凄い形相で見る兵がいる。
喰われて置いていかれる恐怖におののいているのか、私が仲間を切り捨てるように指示しているのが信じられないのか…どちらなのかはわからない、いや考えている暇はない。

私はこの隊を率いている以上、エルヴィン団長に任せられた以上、なんとしてでも被害を最小限にしてトロスト区へ返さなくてはいけない。

「ナナはやまるなよ。後ろに俺がいてお前は補佐役だという事を忘れるな、今度は上手くやれ」

(……そうだ。一年前より上手くやれ、そうすれば後悔なんてしない!)

兵長が飛び出すと同時に、私は馬に載せている馬具にアンカーを刺す、木や建物のない街道を逃げ回っていた一年前に考えたやり方だ。私の体重なら馬への負担も少ないまま飛び回れる。

巨人の群れに対峙して立体機動装置を吹かして体を浮かす、こんな切迫した状況なのに思い出すのは父さんの優しい声だった。死を近くに感じると走馬灯を見るというのはこんな感じなんだろうか。

(もし本当に私が天使なら、同じ名前のついたこの装置であの人達を助けられるはずだ!!)

最大出力で群れに突っ込んだ。

巨人の関節の筋を削いでいく横で、目にもとまらぬ速さで兵長が巨人の首筋を削いでいく。こんなに驚異的なスピードで切りかかっているのに、巨人の数が多すぎて捕まった人達が目の前で喰われていく。

ああ、あの人はもう助からない。

(見るな、助けられる人を優先しろ!)

私が悩んでいる間も、信じられないスピードでリヴァイ兵長は次々と駆逐していき退路を確保する。行ける、これなら私達はたどり着ける。

「もうすぐ日が落ちます。これは好機です、このまま一気に行くべきです!」

一か八か、負傷者を抱えて残っている兵で固まって数の減った巨人の群れに突っ込んだ。

「見えた……」

切り抜けた先にあったのは、白い壁の間に掲げられた女性のレリーフ、私達に残された土地を包む二つ目のまもりウォール・ローゼ。
開門の鐘の鳴り響くなか数が減り疲弊した兵達が門の中へ吸い込まれていく、そして私を最後に門が閉まる。犠牲になった兵士を壁の向こう側に残して。

安堵と共にむなしさと後悔がが心の奥底から這い寄ってくる、これをあと何回繰り返せばウォール・マリアにたどり着けるのだろうか。

(でも思っていたよりも多く帰還できたじゃないか、母さんが九割は帰らないと言っていたけれど三割以上は生きている。今回は運が良かったんだろう)

一年前とは違う部分を探しながらむなしさを振り切るように後ろを向くと、殿をつとめていたリヴァイ兵長が笑った。
初めて見た笑い顔にびっくりして顔を正面に戻すも、そこにも同じ顔をしたエルヴィン団長がいた。

優しい微笑みではない、飢えた獣の様な笑い顔だ。
私はこの顔をよく知っている。
いいやよく『知っていた』。

トロスト区の門を通る時、有り得ない幻を見た。
数年前のように、シガンシナ区で父さんがエルヴィン団長の帰還を喜ぶあの顔を。

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