「ナナ、ナナよ、お前は俺の補佐だろう?俺を置いていってどうするんだ、あぁ!?」
腕の中にいる部下が無事な事を目視で確認した後、地面に落としてやった。うつぶせに抱き抱えていたから顔から落ちただろうが知るか、俺の指示を無視した報いだ。
エルヴィンに煽られて泣きそうになっていたからって、ちょっと気にかけたらこうだ。これだからガキは面倒臭い。
だが今ここで説教する時間など無い。早くエルヴィンの所に戻って、当初の予定通りのルートで物資を運ぶのが俺達の最優先事項だ。巨人の生息地の中で地べたに転がってられるか。
「作戦は終わっていない早く立て、本隊に戻るぞ!なんだ、クソでもしたくなったか?」
動かないナナの顎を無理矢理上向かせると、頬の肉付きが良いせいか口まわりの肉が歪みアヒルみたいな口になる。
やっぱこいつ面白れぇ顔してるな、うっすらと残る涙の跡は先ほど巨人に襲われた時の物だろう。幼さの残る顔にうかぶそれは、俺の胸の奥にもやもやした何かを生んで落ち着かなくなるが、作戦中に余計な事を考えたくなくて無視した。
「それともションベンか?」
しかしナナはじっと俺の顔を見つめたまま目を離そうとしない。
「ナナ?」
呼びかけてやっと、薄い色の唇を開き空気を吸い込んだ。
「「「格好いい…」」」
「……は?」
返ってきた声はナナだけでなく、ナナが助けた二人の声も重なっていた。
あまりの能天気さに自然と溜め息が出るが、それを見ても以前のように怯えたりせずにただ俺を見て震えている。
俺に怯えなくなった事、それはそれでいいとは思うが…これはあれか、ウォール・マリアが破られて以来『人類の救世主』みたいに俺を崇める奴等と同じ病気に三人ともかかりやがったな。また面倒臭いのが増えやがって。
「寝惚けた事言ってねえで立って俺の補佐に戻れ、お前らもだ」
気合いをいれるために三人を足で強めに小突くと、三人は急に直立不動の体勢を取った後ネジの巻かれたての玩具のようかぎこちない仕草で動き始めた。
「「「…っはい!」」」
一応元気よく返事をしたが、こいつら大丈夫か?
(……兵長凄い)
街道を進む陣形を補助する為に陣形中を縦横無尽に駆ける兵長は、速いだけの私と違って的確に進路を妨害する巨人達を駆逐していく。
後に残されるのは、蒸発していく巨人の死体と助けられた兵士達の羨望の目、そして私達が進むべき進撃のウォール・マリアへの道を。
(私もあんな風に強くなりたい)
作戦が終了した時、当初の目的地に辿り着き酵母に包まれた物資を建物の中に保管し終わった時には、兵の数は半分に減っていた。
「ごめんなさい…ごめんねなにもできなくて」
物資保管作業酵母は人が集まるから巨人に襲われやすい。あたりの巨人を駆除しきった後に生き残った人達を手当てしようとしたが、護衛にまわっていた兵士のほとんどが喰われた後だった。
「リヴァイ…兵長…」
立ち上がろうと力なく動く彼の右手をリヴァイ兵長が手を重ねて止める。
「お役にたてなくて申し訳ありません」
「いや、十分よくやった。今回の壁外作戦が成功したのはお前の功績だ。胸を張れ」
もうほとんど動けない兵士の目を強い瞳で覗きこんで誉め、彼の一番欲しい言葉を与える。
「ありがとうございます…最後ま…で…」
兵士は誇らしげな顔で、眠るように息絶えた。
私が欲しくてたまらない物がリヴァイ兵長という形で具現化されている、いや、私の欲しい物じゃない皆の希望があの背中に具現化されているのだ。
(…『リヴァイ兵士長が凄い』って噂がよくわかる、私もリヴァイ兵長みたいになりたい)
昔私が小さかった頃に、父さんは私の事を名前でなくて『天使』って壁の外で暮らしていた時代の言葉で呼んでいたけれど、兵長こそが天使だ。巨人に死を、私達に生を与えてくれる天の使い。
(兵長に近付きたい、もっと知りたい)
撤退の合図と共に馬に乗って隊列に戻る私の顔から、はらはらと涙がこぼれ落ちていく。
これはリヴァイ兵長への羨望?それとも嫉妬?
涙と共に胸に落ちる感情は、私には初めてのもので言葉という形ににできない。
確かにわかるのは目の前を進むリヴァイ兵長の背中が私達を導いてくれるという確信だけだった。
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