進んでいく陣営の先には、一年前に通った街並みが見える。
街はたった一年で荒れて草木が生え逃げ出した動物達が闊歩している、人がいなくなるだけでこうも変わり果ててしまうものなのか。

「団長、私はこのまま指示があるまで中央の隊で待機でいいのですか?」

私はリヴァイ兵長の横を離れ、少し前方にいたエルヴィン団長に確認した。

中央の隊は物資を運んでいるため、他の隊より人が固まっている分巨人の襲撃を受けやすいが、それ以上にこの陣形の端は危険だ。
人が一人もいない土地に人間の団体が入って行くのだ、巨人は生きている人間を察知できるため陣形の端が一番強襲を受ける。もっと動ける前の位置にいたほうがいい気がするのだが。

「今、君が動く仕事は無い。私が君を調査兵団に呼んだのは巨人討伐の即戦力としてではなく、我々が『敗走』する時の指揮者としてだ。この索敵陣形をよく見ておきなさい、それが君の今の仕事だ」
「………『敗走』?」

どういう事だろう?私はリヴァイ兵長の隊に補佐として入ったけれど、そこで戦う事がエルヴィン団長の考えではなかったのか。

「そうだ、我々が帰還する際は必ず『敗走』状態になる。巨人の襲撃で陣形は総崩れ、輸送している物資は持ち帰らない為身軽だが、生還者もわずかで負傷者も多い。帰路に襲われる事も少なくない、帰るときが一番重要なんだ」

帰るときに襲われる、それはまるで。

「一年前の私みたいな仕事ですね」
「私は一年前、君がこの場所まで撤退してきたその時を見た。民間人ばかりの撤退戦は熟練兵にだって難しい、なのに君はトロスト区まで辿り着いた」

そんな凄い事はしていない、私はあの時酷い事をした。

「おいエルヴィン俺の部下をそろそろ戻せ、陣形が乱れる」
「すまんリヴァイ、もう少し話したい。すぐに君に返すよ」

話し込んでしまっていたせいか後ろからリヴァイ兵長の文句が飛んできた、それでもエルヴィン団長は喋るのをやめない。
その顔は笑っている、でもいつもの優しい顔なんかじゃない。なにかを含んだ心意が底知れぬ黒い笑みだ。

「君の指示は恐ろしく的確だったよ、無駄が無い。無理に倒す事に固執せず、巨人の目や足を潰して襲撃を避け一人でも多く助けるために1を切り捨て9を助けた、戦場で冷静に判断できる人材が調査兵団には必要なんだ、私達は君の力を必要としている。貴重な人材の無駄な消耗を防ぐのが君のここでの仕事だ」

そうだろうか。

エルヴィン団長はそんな私が必要だと言う。姉や家族は十分出来る事をやったと言われ。助かった人達には感謝された。

でも私のした事はそんな讃えられるような事なんかじゃない。いつだって私の心は見えない誰かに罵られているのだ、お前は見棄てただろうと。

「あの時も、いや壁外調査の時だって私にもっと力が有れば、もっと助けられたはずです。あの時、私にのばされた手を振り払った時のあの人の顔が忘れられないんです。仕方なかった、解っています最善を尽くすため切り捨てなくてはいけない時もある」

もしあの時の私に力があったら、見殺しになんてならなかった。
友達も避難民もみんな死ぬことなんて無かったのに。考えても過去が変わる訳じゃない、わかっているけれど考えるのを止められない。

「でも頭では割り切れても心が割り切れない。きっと、きっと私が一番憎いのは」

一年前を思い出したくない。エルヴィン団長とこれ以上話していたくなくて、馬の足をゆるめて少し後退すると、後ろにいたリヴァイ兵長が駆け寄ってきた。

「愚かな私自身なんです」

きっと酷い顔をしている。見られたくなくて左手で顔をおおった、鼻の奥がツンとしてきて涙が出てしまいそうだ。

「エルヴィン作戦中にそんな長話をするな、部下が動揺する。しっかり前を見ろナナ、ここは戦場だ気をゆるめるな」

リヴァイ兵長は乱暴に私の左手を引き剥がし馬の背にのせた、私の顔をじっと見つめて話しかけてくる。

「深く考えなくていい。お前は俺の補助をする、それが仕事だ。考えるな、この作戦中は考える事は団長であるエルヴィンの仕事だ、今のお前のやるべき事だけを考えないと後悔するぞ」
「……はい」

リヴァイ兵長の言葉で顔をあげたその時左翼から煙があがる、あの信号の意味は…

「……奇行種」

遠くに見える陣形が乱れていく、仲間を助けなくては。

私の足は自然と馬の腹を蹴っていた。

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