「ここは駐屯兵団が多いですね」

シガンシナ区は3つの壁の最南端、そこに一番近い門はトロスト区の門だ。だが巨人は南からやって来る、トロスト区はその巨人の習性の影響でかつてのシガンシナ区の役割をはたしていた。
すなわち、最前線及び調査兵団の出発地としての役割を。

「ナナ、ガキみたいにキョロキョロするなみっともない」

リヴァイ兵長の注意が後ろから飛んできたので首を動かすのをやめ、目線だけを動かす事にした。これなら後ろからわかるまい。
調査兵団の隊列はウォール・ローゼとトロスト区を繋ぐ門を越えて、街の大通りを練り歩く。

(人が多い気がする)

一年前は緊張してしまい周りを見ることもなかったけれども、こうして隊列の中から人垣を見るとその顔の奇妙さに驚く。
期待と諦めが入り交じった歪な見送りの人達。それは壁外に繋がる門に近づけば近づくほど濃くなっていった。

隊列が門の前にたどり着いても、すぐに開門するわけじゃない。
門のまわりに集まった巨人を駐屯兵団が大砲で散らしてから出る、それにはまだ少し時間がかかりそうだ。調査兵団は開門前に休憩をとる事になった。


「君に来客が来ているから詰所に行きなさい。もう半刻で出発だ、手短にね」

エルヴィン団長に教えられ駐屯兵団の詰所に行くと、母さんとリリーがいた。

「…どうしてここに?」
「エルヴィンにきいて見送りに来たのよ、私と父さんはこのシガンシナ区の担当だから休みを貰って来ようと思ったんだけどね。父さんは仕事の方が大事だからって行っちゃった」

仕事一番なお祖父ちゃんらしい。
苦笑いする母さんと顔を見合わせて笑った、つられてリリーも笑いだす。

「まま、まま」
「母さん、リリーが…!」

預かって1年、一言もしゃべらなかったリリーが『ママ』としゃべった。
正確な年齢はわからないがもう二歳から三歳ぐらいのはずだ、いまのしゃべらなかった事の方がおかしかったのだ。

(この言葉、きっとあの人が一番聞きたかったはずだ)

この子の母親は、今もシガンシナ区のあの道路に倒れたままだろう。
彼女も、他の死亡者も、家も、何もかも、一年前壊れたあの門だってみんなそのまま残っているだろう。巨人は生きている人間にしか興味をしめさないから。

(みんな、みんなシガンシナに置いてきたままだ。きっと取り戻さないと何も変わらないんだ)

リリーをあやしながら、詰所の窓から見える壁外へ繋がる門を見つめていると、母さんが真剣な顔をして私に詰め寄った。

「ナナ、本当に壁外に行くの?きっと後悔するわよ」
「うん、私が選んだ事だから」

『壁外に行きたい』本心が違うと言われようが、その思いには変わりない。

「こんな事になるんだったらエルヴィンに貴方の居場所を伝えるんじゃなかった」

母さんは頭を抱え、椅子に座り込んだ。

「調査兵団は今でも9割が死んで帰ってくるわ。いえ、帰ってなんかこない、巨人に喰われてしまうの。お願い、今からでも遅くないわ、壁外なんかいかないで駐屯兵団に入りな……」

その時、出発準備完了の鐘の音が鳴る。

「母さん、私もう行くね。風邪引かないように気を付けて」

リリーを母さんに預け、急いで隊列に戻り馬に飛び乗る、母さん達の方へは一度も振り返らなかった。

「クソでも長引いたのか?ナナ、お前みたいなチビは馬に乗るのが大変なんだ、早く戻れ」
「そんな事無いですよ!これでも99期では馬術トップなんですよ」

リヴァイ兵長のお小言も今回は聞き捨てならない、それに兵長は団長以上に私を子供扱いするけれど、私は訓練兵をしっかり卒業した大人なのだ。

「それってリヴァイも大変って事かい?」

ハンジさんの言葉に兵長が反論しようとした時、開門の鐘の音がトロスト区中に響く、この音を聴くのは一年ぶりだ。

隊列がゆっくり進んでいき陣形を形作りはじめる、翼がひろがりきる頃にはトロスト区の門は閉じられた。

ああ、一年前と同じだ。
私達を取り巻く環境が変わろうとも、この高揚感と恐怖心だけは変わらなかった。

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