エルヴィン団長は机の上で腕をくみ、うつ向きがちに少し考え込んだ後、強い瞳で目の前に立つ私を覗きこんできた。

「それは君の本心なのか考えた事はあるかい、ナナ?」
「え?」

その言葉が返ってくると思わなかった私は驚いて言葉に詰まってしまった。
笑われるか、呆れられるか、同意してくれるかのどれかだと思っていたのに。

「君はこの世界が美しいというけれど、私には世界を知らないだけのように見える。君は箱入り娘だからね、世間の良いところしかまだ見たことがない」
「箱入り娘って、別に姉と違って、シガンシナで普通に暮らしていましたし…」
「この世界は美しいかもしれない、でも美しい中にも泥々とした毒が隠れている事がある、まるで内側だけ虫に喰われた果実のようにね」

「リヴァイはどう思う?」

エルヴィン団長はリヴァイ兵長を見る、だが兵長の顔はいつも通り無表情で感情はうかがい知れなかった。

「親の遺した言葉通りに行動しても、君は何も得られないよ。外の話をするときの君の顔はどこか不安げな顔になる、まるで自信のないお使いをしている子供みたいだ。自分で考えて歩いていかなくてはいけない、君はもう守るものができたのだから」

(そんな、今まで自分の意思で行動して来なかったみたいな…)

「君は小さい頃から父親の思想に浸かりすぎている、それも悪い事では無いけれど君は父親の替わりではないんだ、一度心をまっさらにしてからゆっくり考えなさい。君の外の世界に行きたいという夢は偽りではないだろう、でも今の君の一番やりたい事ではないはずだ」

団長はそう言って話を終えると、私とリヴァイ兵長を置いて部屋の外へ出ていってしまった。出ていく際に私の頭を撫でた手はいつもどおり優しかった、でもそのあたたかさはいつものように私を安心させてはくれなかった。

(今の私の決意は本心じゃないなんてそんな事は)

「そんな事は…無い……」

でもエルヴィン団長の言葉が私の心に深く刺さって抜ける事はなかった。


「……ナナ、飯を食いに行くぞ」

その後、いつまでたっても動かない私を、しびれを切らした兵長は無理矢理担いで食堂まで連れていった。

「エルヴィンにも考えがあってお前を調査兵団に呼んだんだろう、それはお前の能力を買っての事だ。お前の夢や思想が何であれ調査兵団の為に働いてくれれば問題ない。俺もお前の能力を買っているんだ、今度の壁外調査、期待してるぞ」

そんなに大きな体格ではない兵長が軽々と私を担ぎ上げたのに驚いたが、それ以上にその手つきが優しかった事に驚く。
荷物みたいに抱えられて兵長の顔は見えないけれど、歩いている間も彼の話はつづく。

「お前とエルヴィンの付き合いは長いようだから、お前の今後を心配してあんな事を言ったんだろう。エルヴィンが何を言いたいのかは俺にはわからないが、言っていたとおりゆっくり考えればいい」

彼は見た目はこわいけれど優しい人なのかもしれない。



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