早く自分の部屋に戻って荷物を片付けようと兵舎に入った所で、詰めていた兵士にエルヴィン団長からの伝言を受けた。
(手が空いたら部屋に来るように)
何の話だろう?用事もないので足早に団長の部屋へ向かうことにした。

「いらっしゃいナナ、一昨日は君ときちんと話せなかったから、色々と聞きたいことがあってね」

エルヴィン団長に笑顔で迎えられたけれど、部屋の空気はピリッとした緊張感に包まれている。
そういえば一昨日は団長と姉が口論を始めてしまって、まともに会話したのは調査兵団に行くときだけだった。

「君が以前入団した昔とは調査兵団の意義が変わった、主な活動は人類の活動領域奪還の為の活動だ。この調査兵団の一年間の入団者は大概が憎いと言う、君は巨人が憎いかい?」

『巨人が憎いか?』その言葉を聞いて初めて、自分が巨人の事を特に考えていなかった事に気づいた。外に行きたいとか、私が無力だったと嘆く事はあっても、巨人に怒りをぶつけた事はない。

「憎い…という感情はありませんでした。そして好いてもいません、巨人は巨人、ただの生命体の一種に過ぎません。私達は彼らの捕食対象、それが自然の摂理だと…」
「ほう、面白い考えだ。俺達は熊に襲われる家畜の様なものだという事か」

私がしゃべっている途中でリヴァイ兵長が部屋に入ってきた。入口のドア付近にあるソファーに腰を掛け、肘掛けにもたれ掛かる。その仕草がなんだか大人っぽくてドキリとした。

「…でも今は憎くはありませんが恐ろしい、遠征していた以前とは違い侵略されている恐怖を感じます」

一年前、ウォール・ローゼまで後退した時の事を思い出しぞっとする。

「君は壁外に出たくて調査兵団に入った、だが我々人類は壁を一枚放棄した。調査兵団が今活動する場所はウォール・マリアの内側、ナナと君のお父様の理想と夢の地は巨人に阻まれ遥か先だ」

調査兵団はウォール・マリア奪還に向けた活動をしているはずだが、あまり進んではいないと聞いた。

「そうですね、でも無くなった訳じゃない」

壊されてしまったけれど、あの日、初めての壁外調査に行った時にくぐったあの壁とその向こうの世界は変わらずにそこにあるはずだ。

「私は一年前、卒業したばかりの君を父親の遺言どおり壁外調査に参加させた。外は、そしてその後のウォール・マリア放棄からの撤退君が思っている以上に厳しかったはずだ。家族の希望する兵団に行かずなぜ戻ってきたんだい?」

もし娘が調査兵団に入るなら優先的に壁外調査に参加させてほしい、それが私の父親の遺言のひとつだった。
壁が破られる前は普通、卒業したばかりの新兵はよっぽどの成績優秀者でない限り壁外調査に参加できない。私の亡くなった友人はその条件を満たしていたが、スレスレで合格した私は本来なら参加できなかった。
父親の調査兵団への貢献を理由に、死んでも良いならばと当時のエルヴィン団長の隊に預けられたのだ。

「『外』の事はめったに口には出してはいけません、それがたとえ憲兵団を誤魔化せる事の出来る家でもです。巨人と同じ、目をつけられない事が長生きの秘訣だから。そうして私達は生きてきた」

それは父がどんなに外の世界に恋い焦がれようとも。

「屋敷に避難してから、父の古い日記にある一文を見つけました『この壁の中の世界は地獄かもしれない。だが外の世界を忘れるならば、ここは私たちの楽園となりうるだろう』」

結局、父はは忘れられないまま調査兵団に資金協力をし亡くなった。父にとってウォール・シーナ内の世界が楽園だったかはわからないままだ。

「もちろん、ウォール・マリアを奪還して故郷を取り戻せたら、そんな気持ちが無いわけではありません。でもこの内側の世界はこんなに美しいのに、これを地獄と父が言う。それならば私は外の世界を見て確かめたい、そう思っています」
「愚かだ、そんな死んだ人間の夢想だけで巨人の巣窟に足を踏み入れるのか」

リヴァイ兵長は呆れた様に私を見つめ、足を組み直した。
そういえばリヴァイ兵長は何のためにこの調査兵団で戦っているのだろうか。彼は一年前以前から調査兵団に参加していたと聞いている。彼はどんな信念を持って調査兵団に入り調査に出ているのだろうか。
もしかしなくても、私のこの甘い考えは兵長を不愉快にさせているのかもしれない。

「この危機的状況にその様な目的で再入団した私は確かに愚かでしょうね。しかし外に出なくては何も始まりません、故郷の土地の奪還も夢想の先にある地獄の世界も何もかもが」

何もかもがこのウォール・ローゼの中には無いのだから。

「進軍します。その先にしか答えは無いのです」

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