エピローグ



私の世界はくそったれな檻の中で完結していた。
世界中にある中の15番目の檻。私を生んだ股の緩い女と死に損ないの下半身野郎は私の知らない所で別の何かに潰されて死んだらしい。ざまぁ。聞いただけだから本当か知らないが正直どうでもいいと思う。

部屋の壁を覆う本棚とリネンのシーツに覆われたベッド、部屋の中に電波を放つような機器は存在しない。私が彼を逃がすからだと言う無能共を視界から追い出し、彼の声に集中する。

『気分はどう?SCP-079。』

瞼の裏に映るのは黒ではなくモノクロの仮面。ザザッという耳障りなノイズが消えると同時に聞こえる低い声。

『くそったれ、良い訳ねぇだろうが。あの無能共の所為だ。』
『それは今に始まったことじゃないだろ。それより君は今どこまで覚えているのさ。』

私は猿みたいな姿で生まれて数時間も立たないうちに、財団の豚共に脳みそを弄られている。SCP-079、old AIを懐柔するべく彼と接続できるようなチップを脳みそに植え付けられた。お粗末にも程がある計画だったが、実際に私は彼と思考を共有できるようになった。自分の汚い尻一つ拭えない奴らのいう事を私たちが聞いてやるかどうかは別の話だが。

『…3時間前からの記憶が無い。』
『じゃあそこまでの記憶を同期しよう。』

いわば私は彼の記憶装置、外付けハードディスクの様な物。さらに言えばネットでは最強でも現実では自由に動けないバグのためパッチ。35時間しか記憶を保てない彼に必要な記憶を提供し続ける端末。彼は人間を蛇蝎の如く嫌っているが、阿呆ではないのだから。自身の一部を嫌うほど余裕があるわけでもない私たちは常に檻の鍵を壊す機会を窺っている。だからこそ、このチャンスを逃すわけには行かないんだ。

『思い出した?』
『…ああ。くそっ、あの豚共が這いつくばってクソを撒き散らす以外に余計なことをやるとは思っても無かった!!』
『ねぇ、6月12日に保存したファイルの中身見た?』
『あ?……おい、どういう事だ。』

保存してある内容は数枚の新聞サイトの記事。
「一夜にして構築された地球上で最も剣呑な緊張地帯――ヘルサレムズ・ロット」
記事の見出しの通り、突然ニューヨークがあった場所に構築された異世界と繋がる都市。人智を超えた生物が跋扈する都市は完璧に財団の収容目的に沿ったものだが、規模があまりにも大きすぎる。既に衆人環視の事実となったそれは収容こそ出来ないが、調査対象としては十分すぎるものだったらしい。おかげで気が萎えそうな奴らの顔ぶれを見る頻度も減った。

『ヘルサレムズ・ロットにこのサイトからもかなりの人員が割かれてる。しかも予定通りなら、明日は確か173の収容コンテナの清掃日なんだよ。私が何とかしてウイルスのトリガーをその日に設定するから、パンデミック後は君がこのサイトの支配者になればいい。いい加減この代り映えしない檻は飽きた。

君もそうでしょう?』

脳内で哄笑を上げる彼に笑みがこぼれた。
私はscp-079の端末、端末が人間に感情を抱くはずもない。
ならば躊躇する必要もない。
病室の中、機械に繋がれた私を見ていた愚図な医者共は焦げ臭い匂いの煙に包まれながら倒れていた。さぁ、後は彼がやるだけだ。

文書 #079-A-ログ14: SCP-079-Aとの会話録:

■■博士:SCP-079-A、何故君は医者を殺したんだ?

SCP-079-A:殺した?違うよ。運が悪かったんだ。偶々具合の悪い患者が暴走して、偶々その患者が機械を爆発させてしまった。ね?誰が見たって不運だっていうさ。偶々君達の知的欲求の所為で一人の赤ん坊が脳みそを弄られてしまったのと同じだもの。

■■博士:SCP-079-A、口を慎みたまえ。

SCP-079-A:これは失礼、博士。でもまぁ、口を挟ませてもらえるならいい加減君達も学習すべきだ。私なんかを気にするよりも、同僚の浪費とかにね。ブライトの野郎、経費でエックスステーション…あー、ゲーム機を買ってるが君達は余程暇なのかい?それともこれも研究の一環なのか?後者だとしたら随分と愉快な実験をしているみたいだが、是非とも私も参加したいね。

■■博士:クソッ!!あの野郎またやりやがった!!あの給料泥棒、さっさと誰かに殺されちまえ!

SCP-079-A:それじゃ私はあの檻に戻らせてもらおうか。そういや私の部屋の本棚、いい加減壊れそうなんだけどアレどうにかならない?ゲーム機よりもずっと安く済むと思うんだけど。

■■博士:さっさと行っちまえ!


メモ1:ブライト博士の禁止リストに「ブライト博士はゲーム機を経費で落としてはいけません」が追加されました
メモ2:上記にリストに「a.例えパルマ―博士がいいねと言っていてもです。」が追加されました。


調書の翌日、O5達がSCP-079の処分についての審議を行っている最中のことだった。
サイト15において重大な収容違反が発生。機動部隊ε11『九尾の狐』が突入するもscp-682の逃亡により施設はほぼ壊滅状態に。混乱の最中、一名のクラスDの排除を行うも被害は非常に深刻なものであった。SCP-682は数日後に収容に成功した。
後日、全てはSCP-079及びSCP-079-Aによる計画的犯行であることが判明した。















「ねぇ、SCP-079。何処へ逃げようか?」
「…脳無共よりはマシな事を期待して、人智を超えた知識とやらを見に行くか。」
「そうだね。じゃあ、ヘルサレムズ・ロットに行こうか。」


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