全面降伏1秒前

コレソレの続き?



バレンタインデーなんてもんは友人とチョコレートを交換する日であって、そんな日に付き合ったカップルなんてどーせ直ぐ別れるよな。ハイざまぁwwww…なんて考えてたやつがまさかバレンタインデーに初めて彼氏が出来るとは思わないよな。
いやね?すっごく嬉しいんだよ?初恋の人が彼氏とか漫画みたいだし、意外とこれロマンチックじゃない?みたいなことを考えたりもしたんですよ?
いや、うん…。私これが初恋なわけでして、色々と経験不足と言いますかなんというか…デート、に誘われても服装とか、その…諸々とわかんないわけですよ。

「ヤバい。ヤバいヤバい!境ちゃんコレとソレどっちの方が似合う!?」
『果てしなくどうでもいい。つか大差ない。』

鏡の前で両手に服をもって体に合わせるも、正直どっちにすべきか私には分からない。え、これ新しい服買うべきだったの?

「恋ってすごいわねー。女子力的にゃのが淘汰されてたウチの子が服装一つで、こんにゃに悩むようににゃるなんて。そっちのパーカーワンピースとニーソックスはどうかしら?」
『あー、なんかアイツむっつりそうだから絶対領域的なの喜びそう。』
「むしろ何着ても可愛いとか言ってお持ち帰りしそうよね。」
「人の彼氏になんという言いよう…。」

そもそも事の発端は彼氏様が差し出してきたチケット。
休日だと言って遊びに来た木舌さんが笑顔でを差し出してきたソレには、某テーマパークの名前が書かれていた。

「偶々手に入ってね、折角だから一緒に行かない?」
「え…うぇ!?は、はい!!」

数秒のフリーズの後高速で起動する思考回路。コンマ数秒で叩きだされた演算結果はデートのお誘い。そうですね、これは間違いなくデートですよね。
一気に顔に血が集まるのを感じる。ちょっとだけ恥ずかしい。でも凄く嬉しい。

「良かった。いつなら行けそう?向日葵ちゃんも学校とかあるでしょう?」
「えっと…あ、4日後ならウチの学校創立記念日でお休みなんです!」
「なら、その日にしようか。ちょっと遠いから朝の9時頃出発でも大丈夫?」
「全然大丈夫です。どこ集合ですか?」
「いや、俺が迎えに行くよ。じゃあ、また4日後に。」

木舌さんは線引きが上手い。付き合う前は生者と獄卒ということもあり一線を越えぬようにと敢えて私の名前を呼ばないくらいには。だからこそ、彼の口から私の名前を聞くたびに嬉しくなってしまう。彼が引いた境界線は無くなったのだと分かるから。

「ふ、ふふふー。」

思い出すだけで顔が緩んでしまう。頬を両手で抑え、ただ喜びを甘受する。

「にゃんだか、世のにゃかのリア充爆発しろの意味が分かった気がするわ。」
『マジで爆発しないかな、特に獄卒の方(・_・)』

死んだ目で二人が何かを話していたが、浮かれていた私には全く聞こえていない。
ただ只管に明日の事を考えていた。



「それじゃあ、行こうか。」
「は、はい。」

流石に書生スタイルは目立つからと洋服の木舌さん。デート序盤で既に鼓動がマッハな心臓に命の危機を感じる。やだ、これ私心臓もたないわ。もしかすると今日が私の命日になるかもしれない。なんて馬鹿な事を考えている間についてしまったテーマパーク。
…え?いくら何でも早くない?

「あれ?え、いつの間に…?」
「向日葵ちゃん、確か満員電車嫌いでしょう?本当は駄目なんだけど、獄卒用の門を使えば一瞬だから。…あー、でも肋角さん達には内緒で頼むよ。」

紳士か。
少し眉を下げてはにかむ彼に早速私の心臓がエマージェンシーコールを上げる。これ絶対最後までもちませんて。声も出せずに何度も頷く。そのまま渡されたチケットを使って園内へ入ると、やはり平日という事もあってか園内は家族連れよりもカップルの方が多く、右を見ても左を見てもイチャコラしてる男女ばかりだ。

「…あ、地図はこれか。向日葵ちゃんはどれから乗りたい?」
「えっと…。」

見えるようにと広げられた地図には沢山のアトラクションの名前が書かれている。ポップな書体で書かれた名前の下には簡単な説明文。とりあえず定番の物をと地図を覗き込んでいる途中、ふと顔を上げるとすぐ近くにある綺麗な瞳。

「!?!?」

地図に夢中になってる内に近づきすぎたらしい。慌てて体を反らすが、顔に熱が集まるのを感じる。私、絶対、顔真っ赤になってる。恥ずかしさのあまり顔を上げることが出来ずに目をそらす。木舌さんはこういう時揶揄うような人ではないと分かっているが、羞恥心が…ね?どうせ、彼はこんな状況に動揺するような鬼じゃないだろうし。

「あー、っと。」

予想に反して耳に届いたのは動揺したような、恥ずかしそうな声。気になって彼の方をうかがうと、片手で口元を隠した彼の耳は林檎の様に真っ赤で。一拍遅れて、彼が私と同じように照れているのだと胸が締め付けられる。

「とりあえず、あっちの方から見てみようか。」
「…はい。」

そう言って差し出された手を握る。確かめるようにぎゅっと優しく握った彼は、嬉しそうに綺麗な緑を細めて私を見ていた。ああ!もう!そんなに愛おしそうな顔しないで!告白の時から彼に翻弄されるしかない私はただ真っ赤になる顔を俯いて隠すしかない。さっき読んだばかりのアトラクションの説明文はとうに消えて、隣の彼と繋いだ手だけが私の頭の中を占める。

「木舌さんの女たらし。」
「えっ。」

やられっぱなしにちょっとだけムカついて、睨むように見上げる。身長の高い彼は目を一瞬見開いた後、困ったように笑う。でも結局、それすらも愛おしく感じてしまうのだから私も大概重症だと思う。

「私、あっちのジェットコースター乗りたいです。行きましょう?」
「あれかぁ、凄いね。」

二人並んでアトラクションへと歩く。脚の長さが違うんだから、歩幅だって違う筈なのに揃ってるのはきっと彼が私に気を配ってくれてるからだろう。
アトラクションの前に二人で並ぶ。急なカーブを滑走するライドからは甲高かったり野太い悲鳴が引っ切り無しに響いている。下降中の写真を態々撮ってくれる有料サービスがあるのか、皆一様にすさまじい顔をした写真が映ったモニターが天上からぶら下がっている。…買う奴いるの?これ。

「…やっぱ別のにしません?」
「うん。俺もそっちの方が良いと思う。」

お互いに相手に変顔を見せて喜ぶような変わった性癖は無い。無難そうなアトラクションへ向かうべく踵を返した。

「じゃあ、こっちはどうですか?シューティング系っぽいですけど。」
「シューティング…ああ、銃弾戦?」
「間違っては無いですけど、なんか一気に物騒になってません?それ。」

ポップなキャラクター率いる冒険団の一員となって、襲ってくる敵を倒すというコンセプトらしい。素敵な営業スマイルのスタッフさんが渡してくれた光線銃は如何にもといったおもちゃの様な形状だった。

「なんか佐疫が見たら喜びそうだよね。」
「とうっ!佐疫さんは絶対新記録打ち立てそうですね、っと!」
「逆に谷裂とかは壊しそうだね。」
「確かに、モンスターをっ!とりゃっ!金棒で壊しそう。」
「いや、銃のほう。」
「そこまで機械音痴なんですか!?」

普段は斧を使っているからといっても、やはり獄卒なだけあって一般人の私よりもずっと木舌さんはモンスターを倒すのが上手い。私が必至になって動く的に光を当てている間に笑いながら倍の数の的に命中させていく。

「あ、向日葵ちゃん。ちょっと失礼。」
「え。」

きっと私が撃ち逃した敵を撃つためなんだろうけど、木舌さんは私を自身に引き寄せると、肩越しに光線銃のスイッチを押す。一方の私といえば目の前は、その、こ、恋人の腕の中な訳で、数秒前までは家出していた緊張や恥ずかしさやらが一気に帰って来ていた。ただいま、今戻ったよ!せめてこのデートが終わるまでは戻ってきてほしくなかった。不幸中の幸いは雰囲気のためかアトラクション内は薄暗く、はっきりとは私の顔が見れない事。きっと今真っ赤になってるし。

「急に引っ張っちゃってごめんね。大丈夫だった?」
「うぇっ!?だ、大丈夫です!」

慌てて彼から離れる。いやいや、落ち着け。大丈夫、暗いし、顔の色なんて見えないはず。そう心の中で唱えた時だった。

『アブナーイ!!』

アトラクションのキャラクターの声と共に頭上から降りて来たのは蜘蛛の様な敵。

「…き、きゃああああぁぁぁ!?!?」

『何てことだ!まさ「いやああああぁぁ!」強敵があらわ「木舌さ、へるぷ!へるぷみぃっ!!」とは!』
「分かった、分かったから向日葵ちゃん、落ち着いて!」

あの形容するのすら戸惑われる毛におおわれた4対の脚、明らかにアンバランスなほど膨れ上がった胴体。とどめの何処を見ているのか分からない複眼。幽霊やら怪異とはそれこそ飽きるほど関わってきたが、そんな人外な彼らよりも遥かに恐怖を覚える対象。私がこの世で一番嫌いで恐怖を覚える対象。そう、よりによって蜘蛛がこのアトラクションのラスボスだった。

「無理無理無理無理」
「向日葵ちゃん!?」

咄嗟に木舌さんにしがみつくようにして視界から蜘蛛を追い出す。何なの?何でラスボスが蜘蛛なの?馬鹿なの、死ぬの?木舌さんは一瞬こわばった後、私の懇願に応えてくれたのか光線銃を起動させる音が頭上から響く。私といえば、先ほどよりも密着した体勢になっていることに当然気づく余裕なんかあるわけない。徐々に蜘蛛に近づく恐怖で零れそうになる悲鳴を唇をかんで押しとどめる。

「倒しました?倒せました?」
「うん、もうちょっとだけ待ってて。」

銃を握っていない方の手で優しく頭を撫でられる。平常時ならまず私の心臓がマッハになるだろう彼の行動も今は「蜘蛛の駆逐がさっさと終わりますように」という切実な願い浮かばない。数時間にも感じられた恐怖はキャラクターの撃破を告げる声で終わりを迎えた。

『やったぁ!流石僕の団員だ!あのモンスターをたおしたぞ!』
「き、木舌さんんんん…!」
「うん、倒したからちょっと落ち着こうか。」

何故かそっぽ向いたままの彼に首を傾げる。いえ、もう落ち着いてますが。

「…あー、その…あたってる、んだよね。」

非常に言いづらそうに告げられた言葉を理解するのに数拍。
あたってる?

「……。!?」

今の私は背中から彼に抱き着くような体勢で、当たり前だが私が力を入れれば入れるだけ密着する。しかも恐怖から彼にくっ付いていた私がそんな事を気にしてるわけも無いのでまぁ、なんというか…平均くらいはあると自負してる凸部分を押し付ける様な状態になっていた。バッと音がつきそうな勢いで彼から離れる。今の私に「当ててるのよ」と言えるほどの余裕はない。

「その…失礼、しました。」
「いや、俺は好きな子に抱き着いてもらえて嬉しいんだけどね。」

だからそんなホイホイ爆弾落とさないでください!直球すぎる愛の言葉に既に私のライフは0に近いんですから!
スタッフのアトラクションの終了を告げる声に促され、建物から出る。最初と同じように右手は彼の左手と繋がっている。

「次はどこに行く?」
「そうですね…。」

一歩先を歩く彼が振り返る。地図を開いてみると現在地から一番近くにあるのはゴーカートらしい。ここならそんなに密着するようなこともないだろう。

「ゴーカートとかはどうですか?ここから一番近いですし。」
「うん、じゃあそこにしようか。っと、その前に…。」

繋いでいない右手を私へと伸ばす木舌さん。どうしたのか分からないが、彼が私に危害を加えることは絶対にありえない。そのまま伸ばされる指をじっと見つめていると。
するり。
「っ!?」
私の唇を軽く撫でた。日に焼けた長い指先には赤い色が少しだけ付いている。

「唇、切れてるよ。向日葵ちゃんは蜘蛛が苦手?」
「蜘蛛は無理です。奴らは本当に無理です。」

先ほどのチラリと見えたラスボスの姿を思い出し、必死に頭を振る。これ絶対夢に出るパターンだと青ざめた時だった。

「へぇ。」

少し意外そうな声音のまま、彼は指先を舐めた。
もう一度言う、舐めた。

「ちょ、木舌さん!?」
「うん?」
「いや、うんじゃなくて何で舐め…っ!?」

繋いだ手を引っ張られる。犯人は言わずもがなだが、咄嗟の出来事に私が抵抗できるはずも無くそのまま彼の胸元へと飛び込む。

「っ、木舌さん!危ないじゃないで…!んむっ!?」

抗議しようと彼を見上げた時だった。いつの間にか頭に添えられていた手に固定され、すぐ目の前には細まった鮮やかな一対のグリーン。唇の柔らかな感触から自分の状況を把握する。

「あっむ、ふ…ぁ。」

いつの間にか侵入した舌は口の中を蹂躙するように翻弄する。体から力の抜けそうになり、目の前の彼のシャツを握った。恋愛初心者がキスの仕方を知ってるわけがないので、息が苦しいと伝えるには木舌さんの背中を叩くしかない。というか、何で急にキスされてんの私?ぺろりと唇と舐めた後、名残惜しそうに離れた緑色。舌先からつながった銀の糸は彼の親指に裁ち切られた。

「ごちそうさま。」

ずるい。色気に満ちた満足げな表情でそう言われては、喉元までせり上がっていた文句も口の中で溶けてしまう。諤々と震える脚は彼が支えてくれなければとっくに力が抜けてしゃがみ込んでしまってただろう。

「〜〜〜っ!木舌さんのドンファン!女たらし!」
「まぁ、向日葵ちゃん限定なんだけどね。」
「〜〜っ!!!」

もう無理です。顔から火が出るんじゃないかと思うほどの恥ずかしさに耐えられず、彼の着ているシャツに顔を埋める。太陽はちょうど真上に上ったところ、まだまだデートは続くわけだがもう既に私はノックアウト状態である。優しく頭を叩く彼に胸が締め付けられる。ああ、もう本当に敵わない…。