一難去ってまた一難?

この世界は不思議で満ち溢れてる。
とはいえ、獄卒とか妖怪とかの存在を認めちゃった時点で向日葵はもうオカルトチックな世界に両足突っ込んでいるのだと自覚してたし、覚悟もしてた。お世辞でも良くない自前の脳みそ必至に回転させて、現状打破の策を考えたりテンションに身を任せて賭けたりするくらいしか武器がない彼女では当然、相手取る無理なことも当然いる。
それは例えば神などの高尚且つ理不尽な存在だったり、

「こんな状況とか。」
「こんな厄介な事があるとはねぇ…お嬢さん大丈夫?」
「正直、精神値がゴリゴリ削られ過ぎてヤバいです。いっそもう発狂してもいいですかね?不定の狂気に陥っても大丈夫ですよね?いあいあくとぅるふふた…」
「落ち着こう、大丈夫だから、俺たちが絶対何とかするから!だからその明らかに怪しい呪文を唱えるのはやめよう!?」

フローリングの床には毛の長いカーペットが敷かれ、部屋中を変哲の無い蛍光灯が照らしている。窓のない事を除けば何処にでもあるようなワンルーム。その閉塞感に満ちた空間で唯一、鉄で出来た重厚な造りのドアが違和感を発している。閉じ込められた。彼女たちの現状を表すとしたらその言葉で十分だろう。

「困ったね、この扉どうやら随分と頑丈に作られているみたいだ。」

扉を押していた手を外し、こちらへと歩いてくる災藤。
鉄で出来たそれは先ほど獄卒二人の渾身の蹴りを受けたばかりだというのに、傷一つ付いていない。強行突破が出来ないと分かった以上は、別の方法を探すしかないが外に通じているのは件のドアのみ。八方塞がりにも程がある現状に向日葵は深いため息をついた。
いくら不可抗力とはいえ、厄介ごとに巻き込まれている彼女を姉である化け猫はきっと叱るだろうし、それ以前にこの空間から出られるかすらも怪しい。

「………あれ?」

最初にソレに気づいたのは室内を調べていた木舌だった。

「……災藤さん。」
「おや、何か見つけたのかい?」

扉の前で頭を抱えたままうんうんと唸っている向日葵に気づかれない様に、小声で災藤を呼ぶと一枚のメモに書かれた内容を見せる。

「……随分と悪質なのに捕まってしまったようだね。」
「他に方法も無いし、やるしかないですよね…。」

パソコンなどで印刷されたのだろう、紙には規則正しい文字で
『ここは誰かの一部を食べないと(飲み下すこと)出られない部屋です。
10分以内に実行してください。』
そう書かれていた。

「「………。」」

災藤と木舌は揃って無言のまま向日葵を見る。
鬼である二人ならば腕を斬り落そうが、目をくり抜かれようが時間がかかるが再生する。しかし人間である彼女はそうは行かない。第一、獄卒である自分たちが罪のない生者の女性を傷つけては本末転倒である。
どうしようかなぁ…。二人が遠い目をし始めた頃だった。
ひらり、と件の紙が木舌の手から滑り落ちる。

「あれ?何か見つけたんですか?」
「あ。」

向日葵が木舌の手から滑り落ちた紙を拾った。彼女の精神衛生の為にも一応見せないようにしていたのだが、その努力は水泡に帰したようだ。

「向日葵さん、他にも方法があるはずだから気にしなくても大丈…。」
「…これ、一部分ってことは血とかでも大丈夫なんですかね?」
「血?」
「血。」

体液という点を顧みれば『涙』という案もあったのだが、それは廃校舎でのトラウマを思い出すため敢えて言わなかった向日葵。しかしそれでも十分すぎる程の打開策に、目から鱗とばかりに呆けた顔の木舌。その手があったと言わんばかりの笑顔の災藤。
だがここでもう一つの問題が発生する。

「となると、俺や災藤さんがお嬢さんの血を啜るってことになるけど大丈夫?」
「え、逆じゃないんですか?」
「私や木舌は鬼だからね、人間が飲んだらどんな影響を与えるか分からないんだよ。それでもいいなら、別に私たちは止めないけれど…。」

血液、体の1/13を作る液体。そして体全体を巡る体液。
ただでさえ輸血には血液型だったりと様々なことが考慮された上で使われているのに、種族すら違う存在の血を入れてしまっては何が起こるか予測不可能だ。最悪の場合はショック死かそれとも…。想像してしまい、一気に鳥肌立つ腕をさすりながら早口にまくしたてる。

「あ、結構です。私の血を飲んじゃってください。」

両手を目の前の獄卒達に差し出し、殺るならさっさと殺れと言わんばかりの決死の表情の向日葵。覚悟した表情とは裏腹に、少女の体はいっそ哀れな程震えている。なにやら弱い物いじめをしているような罪悪感を二人に与えた。
とはいえ、ハイそうですかと二人も諦めるわけにはいかない。10分という制限時間がある上に、今の所別の打開策も無いのだ。一番確実かつ被害が少ない案を選択するのは当然の流れだろう。
勘違いしてはいけないが、実はコレは災藤と木舌にとっても苦渋の決断であった。向日葵の姉である化け猫と自分たちの上司に敷かれた箝口令もあり、彼女自身は知らないがその血肉は人外にとっては芳しく惹かれるのだ。とりわけ匂いが強いだろう血を前にして、ほんの少しだけで耐えられるだろうか。いや、耐えるしかないのだ。
ある意味最初よりもハードルが上がってしまった状況に木舌は遠い目をする。

「木舌、分かってるだろうけど…。」
「災藤さん。」

廃校舎の一件で前科持ちの木舌に災藤が釘をさすべく声をかけるが、木舌がソレを遮る。

「般若心経唱えてれば…無心になれば、きっと大丈夫です…。」
「待ってください、むしろそんな事されながら吸血される私の身にもなって。」
「木舌、お前も結構動揺してたんだね。」

大の男が経を唱えながら少女の血を吸う状況を想像してしまい、災藤は顔が引き攣る。
一体どんな邪教の儀式だそれは。冷静そうに見えて、意外と動揺していたらしい部下の奇天烈な発言に改めて冷静になる。自分よりも混乱してるやつを見ると冷静になるのは人も獄卒も一緒であった。

「…いっそ逆転の発想で、吸い過ぎたら死ぬ場所から吸えば流石に自制は効きますか?」

嫌な予感しかしないなと、思わず真顔になる獄卒二人。

「いや、それは流石にヤバいと思う…。」
「むしろ私としては、手首から貧血起こすくらい吸われる方が怖いです。首だったら、いざというとき災藤さんも罪悪感も容赦もなく、全力で手刀を落とせると思うんで。」
「ああ、なるほど。それはいい案だね。」

災藤が納得したように顔を輝かせる一方で木舌は顔を青くしていた。
それ、下手したら俺が死ぬんじゃないかな?木舌の中で理性を必死で働かせるという考えは既にログアウトしている。

「いやいやいや!それ、もしかすると俺の首が吹っ飛ぶと思うんだけど。」
「貴方の理性に貴方の数分後がかかっているだけです。」
「あ、はい。」

正論過ぎて反論が出来ない。結局、災藤は手首から木舌は首筋から少量、ほんの少しの血液を摂取することになった。三人とも、血液の経口摂取が云々については突っ込む気力すら消えていた。

一刻も早く、この部屋から出なければ。
姉上にバレないよう、早く脱出しなきゃ駄目だコレ。
耐えられるかなぁ…。

ちなみに、どれが誰の心の声かは敢えて伏せる。
紙に記載されていた制限時間は10分、行動に移しても時間を超えていたせいで脱出できませんでした、なんて笑えない。早速とばかりに、訪れるだろう痛みに耐えるべく目を固く瞑った向日葵に合わせて二人が人より少し鋭い歯を彼女の肌に刺す。

「っ!!」

鋭い痛みと共に耳に届くのは水を啜る様な音。

ずるり。
  じゅるり。

耳障りな手首から聞こえる音は数秒程で止まった。が、首元からは未だに音が微かに聞こえる。あっ、アカンやつだコレ。災藤さんに制止(物理)を掛けてもらうべく目を向けるが、

「…はぁ。」

赤く濡れた唇を白い手袋で拭いながら、恍惚に満ちた溜息を溢すイケメンに思考が一時停止する。やべぇ何だこのエロテロリスト。しかし此方も見惚れている場合ではない、何せ下手したら真面目に棺桶にダイブインしなきゃいけない様な現状。…何か寒くなってきたんだけど、誰かクーラーのスイッチでも入れた?

「災藤さ…へるぷ…。」

いい加減にしてくれ木舌さん、マジでコレはヤバいって。眩暈と吐き気のダブルコンボとか命のカウントダウン開始しましたって合図じゃないですかヤダー!もし体力ゲージなるものがあったとしたらデッドゾーン突入寸前だな、っおぇ…。待って、災藤さん頼むから早く止めて。

「こら、木舌。」

ドスッ

「ぐっ。」
「あだっ。」

容赦ない災藤さんの手刀がうなじに落とされ、木舌さんはそのまま意識をログアウトさせる。ついでに意識を失った彼の頭突きという形で余波が私にも訪れる。二次被害の鎖骨が!痛い!意識を失った成人男性(メッチャ鍛えられてる)の体なんか貧弱代表の私が支えられるはずもなく、後ろへとバランスを崩す。明日は良い事あるといいなぁ…。あまりにも色々な事が立て続けに起こりすぎて、脳みそはキャパシティオーバー寸前だ。というか、鬼を一発で気絶させるほどの手刀ってどんだけ容赦ないの災藤さん。

「おっと、大丈夫かい」

幸いにも災藤さんが支えてくれたおかげで転倒は防がれたが、未だに上に倒れている木舌さんが滅茶苦茶重い。何だコイツ、ビール腹か。筋肉とは敢えて言ってやらない厳しさ。

「あ、ありがとうございま…。」

バァンッ!!

「向日葵!!大丈…。」
「災藤!木舌!向日葵無事…か…。」
「「あ。」」

…おーけー、現状を整理しよう。恐らく先ほどので条件をクリアしたらしく部屋のドアは開閉可能になった。…うん。ここまではいいんだ。そのドアをぶち破る様にして入って来たのは姉上殿と肋角さん。うん、ここも良いよね。
問題は、私達三人の現在の体勢だ。
木舌さん→意識を失ってる事に二人は気づいていない+私を押し倒すようにもたれ掛かってる
災藤さん→支える為に私の背後に立っている=逃がさないよう捕まえている様にも見える
私→二人にサンドイッチされてる

駄目ですわこれ、完璧に勘違いされますわ。
『詰んだな!』
いつも通りの笑顔を浮かべた平腹さんが脳内で笑っている。うるせぇ黙ってくれ下さい。八つ当たりしたところで現状は変わらない

「…お邪魔したわね!さぁ肋角帰るわよ!」
「災藤、木舌、お前たちの仕事は他の奴に振り分けておくから気にするな。」
「待とうか肋角。頼むから落ち着いて私の話を聞いてくれ。」
「姉上殿盛大な勘違いしてる。お願いだから話聞いて?猫のフリして帰ろうとしな…。」
「向日葵!!」

元々かなりの血液を木舌さんに吸われていたんだと思う。緊張してたおかげで保っていた意識も姉上殿達の姿を見た瞬間に気が抜けたせいか、そのまま私の意識はブラックアウトした。
この後、私の首元と指先の傷跡を見た二人は誤解を解いたらしい。苦笑いしながら災藤さんがケーキ数種の詰め合わせと共に訪れ、話してくれた。そして件の木舌さんは吸い過ぎの罰として禁酒を命じられ、飲もうとする度に佐疫さんの銃が火を噴いているそうだ。
熱が出たせいで、ベッドに拘束されている私としたらザマァとしか言いようのない話である。これ絶対疲れだけからじゃないよね?

「しかし、災難でしたね。災藤さんもこんなことに巻き込まれるとは思ってなかったでしょう?」
「そうだね、流石に少し驚いたよ。…ああ、でも。」

ベッドに未だに横たわる私の手を取り、口元へ近づける災藤さん。

「貴女と二人っきりなら、また違ったかもしれませんね。」
「…へ?」

そのまま止める間もないほど滑らかに、掌に口づけると災藤さんは帰っていった。

「エロテロリスト怖い…。」

布団にもぐりこんで悶える。
抹本さんが言ってた災藤さんマジやべぇの意味が分かった気がした。