5000hit企画用小説 | ナノ

Eat Eat Eat!


切っ掛けは佐疫と向日葵のたわいもない話だった。

「斬島って実は結構食欲が凄くてね、こないだ平腹が冷蔵庫に置いてあったうな丼を食べちゃった時なんか『あ、平腹死んだな。』ってその場にいた皆で思ったよ。」
「まぁ食べ物の恨みは怖いって言いますしねー。」
「うーん…若干行き過ぎてる気はするんだけどね。そういえば、向日葵ちゃんの家に住んでる鏡の怪異も結構食欲が旺盛なんでしょう?」
「あー…成人男性を超えかけてますね、おかげで我が家のエンゲル係数右肩上がりですよ。」
「ウチもだよ。こないだなんか、肋角さんが予算書とにらみ合ってたしね。男所帯っていうのもあって、結構食べる奴は多いんだけど…特に斬島の食費と木舌の酒代が…。」
「佐疫さんが遠い目をするくらいに食べて飲んでんのか、あの二人…。」
「量が量だから、節約も中々難しいみたいだし…。」

「そんにゃあにゃたにぴったりの商品を本日はご紹介します!
はい、こちら!」

ソファーに飛び乗った向日葵の愛猫、もとい環が前脚で押さえつけた4枚のチケットを、見せつける様に広げる。

「こちらのチケット、にゃんと1枚であの有名焼き肉店が3時間無料ににゃる、まさに魔法のチケット!しかも今回は日頃のお客様への感謝を込めて飲み放題チケットも1枚つけちゃいます!」
「え?環さん急にどうし…。」

突然の化け猫の饒舌っぷりに佐疫は戸惑うしかない。一体何なのだと環に尋ねようとした瞬間、隣からの声に遮られた。

「それは凄いですね!でもお高いんでしょう?」
「え、急に何なのこの茶番。」

思わずオブラートにすら包んでない本音が口から出るが、猫も人間も気にせずに茶番を続行する。そうだ、この家の住民は猫も人間も怪異も皆キャラが濃いんだった…佐疫がそれを思い出すのを横目にコントは続行された。

「いえいえ、ここまで付けて木舌君秘蔵の酒一本で手を打ちましょう。」
「是非お願いします。」
「「毎度ありー。」」

あっさりと売られた同僚の秘蔵の一品。されどそれを咎める者はこの場にはいなかった。

その数日後。
書生の服を着た男性二人と全く同じ顔の少女二人が駅前に立っていた。
男性の片方は半分泣きそうになっており、片方の女性は喋ることなく常にスマホの画面を掲げている。ただでさえ不思議な集団に周りの通行客は遠慮なく好奇心に満ちた視線を投げつけた。

「…という訳で、木舌さんの酒一本を犠牲に手に入れたこの魔法のチケットを使って今日はお腹いっぱい食べてしまいましょう。」
「待って!アレ本当に手に入れるのに苦労したんだけど!?」
【尊い犠牲だった。(`=へ=)ナムナム】
「ああ…しかしその分俺たちが食わねば。」
「斬島達は何もやってないよね!?」

未だに姉上殿に献上された日本酒の事を悔やんでいるのか、泣いている木舌。
その隣では彼の同僚である斬島と鏡の怪異である境が今か今かと目を期待に光らせている。
…いや、訂正しよう。彼らの目は期待なんてお綺麗な物ではなく、獲物を定めた肉食獣の獰猛な光に満ちていた。

「佐疫さん言ってましたよ。禁酒しろって言ってるのに破るのこれで記念すべき五百回目だそうで。」
「うっ…。」
「エンゲル係数がただでさえ大きい特務室のお財布事情を、更に緊迫させたものにする一因が木舌さん達のお酒だとも。」
「うぐっ…。」
「挙句、酔っぱらった状態で口説いた女性から苦情が来たとも。」
「待って、待って!?ソレ何処情報なの!?」
「さぁ、野郎共!食って食って食いまくるぞー!」
「【おう!!】」

その数分後、向日葵は激しく後悔していた。
有名店とだけあって店内の殆どのテーブルが埋まっている中、四人が座れるボックス席が空いていたのは奇跡ともいえよう。ただ、それが逆に周りの客の視線を集めて離さない今では向日葵は自分の浅慮が恨めしくてしょうがない。

【斬島、カルビは】
「7人前、ねぎ塩、タレ、味噌を2:3:1で。あと特上牛タン4人前とホルモン5人前」
【分かった】
「あとビールを大ジョッキで追加お願い。」
「…ねぇ、君達仲悪いんじゃなかったの?斬島さんに至っては横文字苦手だったと思うんだけど、何なのその呪文の如き注文は。あと私もうお腹いっぱいなんだけど…。」
「大丈夫だ。俺たちに任せろ。」

向日葵の目の前には、軽快にタッチパネルの注文項目をタップしていく怪異。
その隣には、ご飯の白い部分が見えなくなるほど焼いた肉を米の上に載せていく鬼。
更に彼女の隣で焼かれた肉をつまみに空のジョッキを生産していく鬼。
そんな肉と酒に夢中になっている人外たちには見えない角度、そこからはこの店のオーナーらしき人物が親の仇を見る様な憎しみのこもった目でこのテーブルを見ていた。
うっかりそれを直視してしまった向日葵は心の中で10面ダイスを2つ振る。
デデーン、SAN値チェック失敗です。

「(おかしいな。あの廃校は脱出したはずなのに精神が摩耗しているのは何故なのだろう。)」

既にテーブルの上には積まれた皿で出来たタワーが数本。勘違いしてはいけないが、アルバイトらしき店員は既に数回同じ高さのタワーを下げている。そしてその白い巨塔の隣にはこれまた空になった大ジョッキが森を形成していた。汗をかいたグラスの中には溶けきっていない氷が重なっている。この樹海とて既に何度も大量伐採が行われた。しかし向日葵の隣でビールを呷っている鬼の所為で、寧ろその規模を大きなものとしていっている。

「(佐疫さんのエンゲル係数云々の話がようやく理解できた…。)」

目の前の斬島と木舌だけでコレなのだから、あと数名男性がいると考えると確かに予算を圧迫していてもおかしくないだろう。それ以前に彼らの細い体の何処にあの量は行っているのか…。直感的にこれ以上考えるのは精神衛生上良くないと察知した向日葵は、唯ひたすら自分のジョッキに入った水をチビチビと飲む。
トイレから戻る途中の客が此方をチラリと見た後、そそくさと席に戻った。

「おい!見ろよあのテーブル、あの皿でついに50枚目突入するぞ!?」
「あんな細い体のどこにあの量が収まってんだ…!?」
「それだけじゃねぇよ、見ろ!あのジョッキの山…軽く15杯分は行くぞ…。」
「嘘だろ!?うわばみかよ!?」

騒がしい店内なら声を多少大きくしても問題ないとでも思っているのだろうか。食べることに夢中になっている斬島と境、顔を引き攣らせた店員が渡す新たなジョッキに夢中になっている木舌には確かに聞こえていない様だが、不運にも精神がゴリゴリと削られている向日葵にはしっかりと聞こえていた。

「(帰りたい)」
「…向日葵、食べるか?」

彼女が遠い目をし始めたのを見た斬島は何を勘違いしたのか、焼けたカルビを差し出してくる。

「あ、いや。大丈夫なんで、ホント、はい。斬島さんが食べちゃってください。」
「そうか。」

向日葵は考えるのをやめた。
そうだコレはある種の修行なんだと思えばいいんだ、無我の境地に達するべく目を細め、思考を停止し始めた彼女にソレが現実逃避でしかないのだと教えてくれる奴は不運なことに居ない。その後、3時間経つ前に闇落ちしそうな店長がこれ以上は勘弁してくれと言ってきたことで彼らの飲食無双は終わりを迎えた。店から店主が「二度と来るなー!」と叫んでいたのに気づいたのは向日葵だけである。もう二度とあの店行けないな、悟りきった澄んだ瞳で彼女は明後日の方向を見る。しかしこれだけで終わらないのが鬼だ。幸いにも既に出来上がっている木舌は満足した様だが、問題なのは無限の胃袋を持つ二人である。まだ物足りないと言わんばかりの二人に流石の木舌の顔も若干引き攣っている。

「いや、流石にもう十分でしょ?というか斬島あの量一体どこに収まってるの?ブラックホールなの?胃袋にブラックホールでも飼ってるの?」
「ぶらっくほーる?何だそれは。」
【あれだ。吸引力の落ちない唯一つのやつ】
「掃除機か。」
「そんな宇宙規模の掃除機聞いたことないよ。」

すっかり酔いが覚めてしまったらしい木舌。その隣で何やら長考していた向日葵が顔をあげた。

「…よし、分かった。絶対に残さないと約束するなら連れていきます。」
「お嬢さん本当にいいの!?」
【任せろ(`・ω・´)Σb】「任せろ。」

予想外の向日葵からの提案に境も斬島も真剣な表情で頷く。美味しい物が食べれるならそれでいい。二人は未だ満腹から程遠い胃袋を満たすべく、彼女の後についていく。不安しか無いが、それでも無いよりはマシだろうと同僚のストッパーになるべく木舌も再び彼女達と共に別の飲食店へと向かった。

着いた先は少し古びた看板のステーキ専門店。小ぢんまりとしたその店からは老舗のような風格が漂っている。テーブル席へと案内された斬島達は店内に貼られたメニューの紙を物珍しそうに見上げている。一方の向日葵は渋い顔をしていた。
そんな彼女を見て不安そうに木舌が小声で尋ねる。

「お嬢さん、いいの?ここ、結構高そうだけど…。」
「…木舌さん、先に謝っておきます。もし、明日斬島さんが使い物にならなくなったらごめんなさい。」
「え?」
「店員さん、チャンピオンコース二人分で。」

彼女がオーダーすると同時に店内が静まり返る。
一瞬の静寂の後、店内が一気にざわめき出す。

ざわ...ざわ...
       ざわ...ざわ...
「おい…マジかよ…チャンピオンコースなんて…あの嬢ちゃん達死ぬ気か!?」
「嘘だろ!?無謀すぎるだろ!」
「悪いことは言わねぇ!嬢ちゃん止めとけって!」


「え、え?何?何が始まるの?」
全く状況がつかめない木舌は慌てて誰ともなく呟く

「止めないで!!私、信じてるもの!斬島さんと境ちゃんなら!出来るって!完食出来るって信じてるんだから!」
【やるの私たちなのか (´・o・` ) Oh...】

席から立ち上がると、片手で自身の胸元を握りしめ悲痛な表情で声を張り上げる向日葵。言っておくが、名前を呼ばれた二人は状況が全く呑み込めていない。

「兄ちゃん、止めときな!明日どうなっちまっても知らねぇぞ!」
「そうだよ。幾ら信頼されてたって、現実とソレは別問題だ!」

「いや、信頼されているんだ。応えなくては…っ!」
「流石斬島さん!!」

本格的に茶番をし始めた酔っ払いと向日葵達を横目に木舌は境へと話しかける

「ねぇ、お嬢さんの行った店って必ずこういう茶番するジンクスでもあるの?」
【いや、酔っ払いのノリの良さってやつだと思う。というか斬島のアレは何?素なの?】
「…ウチの子は純粋だから。」
「ふっ…ならば、嬢ちゃん見せて見ろよ。その信頼する仲間の胃袋ってやつをなぁ!!」

二人の会話を遮ったのは店主らしき男が出したステーキ。それを見て木舌は絶句した。
通常のステーキを仮に150〜200gだとしよう、男が出したそれは軽く10倍を超えていた。

「…え。」【…え。】
「じゃあ二人とも、さっきの約束通り"残さず完食"してね。」

満面の笑みを浮かべて告 げ る死刑宣告彼女に絶句していた鬼が呟いた。
「…鬼だ。」



25分後

何とか約束通り食べきった鬼と鏡がテーブルに突っ伏していた。最初は二人に消極的な野次を飛ばしていた酔っ払い共も今では二人の偉業を湛えている。そんな最中、向日葵は心底悔しそうな店主から受け取っていたのは一枚の茶封筒。店主は見事に完食されたことに悔し気ながらも、どこか嬉しそうだ。

「じゃあ、これな。」
「ええ、ありがとうございます。ごちそうさまでした。」

同じく満面の笑みを浮かべて席に戻って来た彼女に木舌が不思議そうに尋ねる。

「…あれ?お嬢さん、お会計は?」
「ああ、食べきったから無料。さて、家に帰るぞ二人とも。」
「少し、待ってくれないか…。」
【ヤダー、向日葵ってば鬼畜ぅ…。_:(´q`」 ∠):_】
「頼むから戻さないでよ?ほら、斬島さんも今日は泊まっていって大丈夫ですから、立って立って。」

呻き声を上げる二人(一人はタイピングしてる)を急かし、何とか向日葵の家へ向かう一行。翌日、二人が壮絶な胃もたれに苦しむことになるのは当然の結果だった

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