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将来と書いて死後と読む


拝啓 外国で仕事と言いつつバカップルっぷりを絵ハガキで送って来る両親様、並びに姉上殿と境ちゃん

皆さんはお元気ですか?
私はうっかり死にかけたらしく、詳しくはよく分からないまま何故か病院で過ごしています。な、何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった…、まさにポルナレフ状態。そんなわけで連日顔の上半分を布で覆った様な先生にカウンセリングと称して世間話してます。目玉焼きは塩派による熱い主張について話したり。ちなみに先生は醤油派らしい、境ちゃんと同じですね。
そういえば、この病院には獄卒さんが薬剤師として来てるから見知った顔を良く見かけます。佐疫さんのアップルパイはマジでプロかった。あとお友達も出来ました。一緒にダンスしたりして楽しく過ごしています。あと2,3日位で帰宅すると思うので、御馳走を用意しておいてください。期待してます。
敬具

追伸:冷蔵庫のプリンは私のなので取っておいてください。

脳内で手紙をしたためたところで、レターセットも郵便もないここでは、もはや現実逃避としか言いようがない行為だ。それでも多少私のSAN値が回復するならよかった。というか、元々そのつもりでやっていたのだが、全然回復しない。むしろ目の前で相変わらず繰り広げられる大国同士もビックリな冷戦に私のSAN値がゴリゴリ削られてく。やめて!向日葵のライフはもう0よ!次回予告で盛大なネタバレを披露した女性の声が脳裏に響く。勿論元凶たる二人には伝わるわけがない。

右手赤コーナーからは、毒舌クールな看護婦長!正面青コーナーからは、紳士な室長補佐官!双方ともに私なら心がコンマ数秒で折れるような毒舌を繰り広げている!!生憎首根っこ掴まれている私と抹本さんが、ライフカードなんてものを持っているわけがない。どうするぅーアイフルー。
もしもこれがスポーツだったりコンテスト関係の喧嘩なら「ハイハイ青春青春」だなんて茶化せた。でも両方とも人外だし職種違うから、もう異種格闘戦しか期待できません、確実に病院が崩れるわ。レディーファイッ!
心なしか寒ささえ感じる。看護婦さん、待合室の冷房効き過ぎてません?あ、婦長さんが原因の一人だったわ
首根っこを掴まれた抹本さんは状況が分かっていないのか、果ては慣れているからか大して気にしていないのか、ぶら下げられたまま唸ってる。

正直どうしてこうなったのか思い出したくなんてないけど、一から思い出さないと多分解決策も見つからないので嫌々考え直そうと思う。


七日目に帰ればいけるいける、とギリギリまで入院が決定してしまった私。自分の(病院に来ちゃった周辺の)記憶喪失を何とかするべく、先生とカウンセリングという名の討論を続けて早4日目。今日は先生が用事でカウンセリングも無く、抹本さんと一緒に世間話をしてる時だった。抹本さんに会いに現れた灰色の髪の獄卒さんは物腰柔らかに災藤だと名前を名乗ってくれた。わぁ…抹本さんもだけど、まともな自己紹介をされた…。
ちなみに比較対象はいきなりカニバリズム宣言をしてきた黄色と鎖で転ばせてきた橙色。駄目だ、もう次元からしてちげぇよアイツら。

「おや、迷い込むとは大変。この病院は境界が曖昧とは聞いていたけど…。」
「あ、大丈夫です。最近不本意ながら巻き込まれたり迷子になることに慣れてきました。」

人間は順応性に優れた生き物であり、その進化のおかげで生き抜いてきてるって昔偉い人が言ってた気がするけど、これ絶対進化じゃなくて退化だと思うの。

「それ、大丈夫って言えるの…?」
「いや、巻き込まれる事よりも姉上殿のお仕置きの方が怖い。肉球って意外と痛い。」
「…肉球ですか?」
「はい、肋角さんの知り合いの化け猫が私の姉なので。」

そう言うと、二人とも驚いたような表情を浮かべた。今日出逢ったばかりの災藤さんはともかくとして、抹本君にも話してなかったっけ?

「え、じゃあ君も化け猫なの?」
「いや、人間。多分人間。ちょっと最近怪しいけど、多分人間。」
「…ああ、なるほど。じゃあ貴女が斬島達が言っていた変わった生者ですか?」
「すっごい内容が不安になりますが、その変わった生者だと思います。」

ヤダー絶対碌な事言ってないよ、斬島さんを除いた獄卒に常識なんて一欠けらも期待できない。安定の信頼0、経験に基づいているせいで覆せるわけがない。

「しかし、災難ですね。この病院から戻っていないという事は記憶を亡くされたのでは…?」

「あ、いえ名前も一応憶えてるので帰ろうと思えば帰れます。ただ、水銀さんと先生が居たいならもう少しここにいてもいいよ、って言ってくれたので。」
「…看護婦長が?」

…あれ?もしや地雷か?
一瞬不快そうに顔をしかめた災藤さんに嫌な予感がした。強いて言うなら嵐の前の静けさというか…。
そう思った時、待合室が一瞬で暗くなる。停電だ!誰だブレーカー落とすほどの電力使った馬鹿は!抹本さんが小さく悲鳴をあげると同時に電気が一斉についた。まぶしっ!?
暗がりから一気に明るくなったせいか、視界が真っ白になる。目が!目がぁああ!!気分は某大佐だ。両手で目を覆っていると首を何かに掴まれる感触と足が地面から離れる感覚。やべぇ、飛行石?飛行石っちゃった?空から落ちてくるのが三つ編みの少女じゃなくて女子高生とか、需要はどこにあるんですかね?

ようやく目が慣れてきた頃と同時期に状況を把握する。
目の前には災藤さん、でもさっきより目線が近い。隣には首根っこを見覚えのある緑色の手に掴まれた抹本さん。私の足元より下に映る白い靴。もしや水銀さんか?

「…あら、どなたかと思えば特務室の副長さんじゃありませんの。
どこの野良猫が入って来たのかと思いましたわ。」

…あるぇ?確かに看護婦長である彼女の声だが、こんなに毒舌をいきなりかましてくるような方じゃないはずなんだけど?あれ?cvが一緒なだけか?ただの気のせいか?
目の前の災藤さんは拒絶の色が濃い毒舌を受けながらも逆上することなく、ニコニコと笑っている。あ、違う。目が笑ってないわ。

「おや、これはこれは婦長殿。
わざわざおいでいただがなくても良かったのに。それとも婦長とはお暇なもので?」
「「うひぃ…。」」

レディーファイッ!チーン!
開戦のゴングが鳴り響いた気がした。一気に走る悪寒に思わず抹本さんと揃って悲鳴を上げる。誰か、ヘルプ。先生、先生カムバック!!

「あら、客人に挨拶するのは当然ですわ。
それがどこの馬の骨だろうも。」
「それはどうも御親切に。」
「「……。」」

皮肉を皮肉で返し合い、同時に黙り込む。此処まで居心地の悪い沈黙は初めてです。きゃーわたしのはじめてうばわれちゃったー(棒読み)。こんな初めて体験したくなかった。

「うぅ…。」

抹本さんも居心地が悪いのかうめき声をあげている。

「ところで、御用は何かしら?」

あ、今聞くんですか。水銀さん。それ真っ先に聞くべきじゃないの?
猫の様にぶら下げられた私と抹本さんは何も言えずにただ二人を見つめる。私、この戦い終わったら紅薔薇ちゃんとお茶会するんだ…っ!

「偶々近くを通ったもので、先生にご挨拶をと。うちの者たちがお世話になっていますから。」

さりげなく自分の所属を強調する災藤さん。あ、やめて。何か私の背後からすっごい不機嫌そうなオーラ出てるから。首元を掴まれてるせいで後ろを見ることはできないが、きっと水銀さんは今凄く不機嫌そうな表情をしてるんだろう。背筋がぞっとした。

「あら、毒虫さんを寄越してくださるだけで十分。お気遣いなどいりませんわ。それに生憎と先生は出掛けておりますの。」

水銀さん、その寄越すはどっちの意味ですか…?なんて部外者の私が聞けるはずもない。ただただ、私は気配を消すべく沈黙を守っていた。私は空気、私は酸素。

「それは残念、ではご挨拶はまた後日お伺いした時にでも。…そういえば、婦長殿。人間を、しかも記憶を保持している彼女をいつまでも現世へと帰さないのはいかがなものですかね?」
「あら、彼女は先生からちゃんとした説明を受けた上で、ここにいらしているのですが?第一、青田買いをまるで誘拐の様に言われるのは腑に落ちませんわ。」
「待って、青田買いって!?それ初めて聞いたよ!?」
「え?向日葵ちゃんは死後ここに就職するの?」
「いや、初耳だよ!?」
「おや?私は室長から彼女は獄卒になると聞いていますが?第一、彼女もその話を初めて聞いたようですがね。」
「それも初耳ですからね!?肋角さんは何を言ってるの?私普通に輪廻転生するつもりだったんだけど!?」
「あら、本人はそう仰ってるようですけど?
それに狙っている人材を横から奪おうなんて、ドブネズミの様な所業ですわね。」

……回想終了。
どうしてこうなった。ぶら下げられたまま頭を抱えるが状況は好転しない。寧ろ会話が若干ヒートアップしてる気すらする。なんで水銀さんはこんなに喧嘩腰なの?なんで災籐さんは迎撃態勢なの?紳士どこいった。
必死に無い脳みそを振り絞ったところで解決策なんて見当たらない。もうこれ放っておいた方が楽なんじゃないの?
アッ、駄目だ。私の死後がもう議論内容になってる。私まだもう数十年は生きるつもりなんで、死後の話を今するのは止めてもらえませんか。すっごい不吉。

「抹本さん…。」
「うわぁ…なんていうか、強く生きてとしか言えないや…。」
「うん…頑張る…。」

心なしか抹本さんも同情するような目線をこちらに向けている。気の所為じゃない?やめて、泣くよ。

結局本人たる私が口を挟むことなくヒートアップした私の死後についての議論は、本人の死後決定することになった。多分その本人覚えてないだろうけどな。
唇を噛みしめながら「絶対長生きしてやる」と誰かにかは知らないがとりあえず誓った。


後日、抹本さんがあの時の話を同僚にしたらしく、獄卒にならないかと平腹さん達から頻繁に勧誘が来るようになった。まじ抹本さん絶許。
今度病院行くときは抹本さんの調合してるお薬にハバネロ混ぜてやる。

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